習近平は米国の挑発に乗りかねない

 この苗華閥粛清の理由は判然とせず、一部では中央軍事委員会副主席で制服組トップの張又侠が、習近平の軍内の影響を削ぐために習近平の愛将を失脚させたという噂もある。習近平vs張又侠の解放軍内権力闘争の構図で、苗華閥粛清の背景を理解しようというものだ。ただ、司令畑出身の何衛東を含め、失脚すれば軍全体の士気にかかわるような人物までが「失踪」あるいは失脚している。そのことを考えれば、開国上将・張宗遜の息子で中越戦争など実践も経験してきた生え抜き軍人である張又侠のやり方とは考えにくい。

 そもそも張又侠は習近平が信頼する幼馴染で、本来引退するはずのところを習近平に頼み込まれて中央軍事委員会に残留したと言われている。

 普通に考えれば、解放軍幹部の粛清は、2014年の徐才厚失脚から2024年の苗華失脚に至るまで、やはり習近平の意思と考える方が、筋道が通っていると私は見ている。

 つまり習近平の軍制改革の狙いは軍の道具化であり、習近平を核心とする党中央の指揮で解放軍の運用すべてを行う完全な「シビリアンコントロール」にある。それに対しては、軍として不満、反発がある。習近平がいくら粛清して自分のお気に入りを引き立てても、彼らが軍人である限り、やはり戦争で命をかけねばならない軍官将兵の不満や不利益を擁護して、習近平に意見せざるを得ない。それを習近平が不忠誠ととらえて、失脚させることを繰り返しているという状況ではないか。

 もし、私のこの想像がある程度でも当たっているならば、現在の解放軍は習近平が最大権力者で統帥であることは間違いないが、軍と習近平の間に信頼関係はできておらず、戦争で戦って勝利できるレベルにはなっていない。

 逆にいえば、軍事の素人である文民の習近平に意見を言うことができる優秀な将官のいない解放軍ならば、習近平が戦争をやる、と決めてしまえば、戦争は起きる、という非常に不安定な状況かもしれない。

 ヘグセス国防長官の演説は、米国としてはかつてないほど中国との戦争を意識した過激な内容であり、見ようによっては習近平を挑発しているようにも感じられるだろう。ひょっとして、トランプ政権は習近平政権を戦争に誘いこみ、完膚なきまでに敗北させる自信があるのだろうか。

 だが、戦場はおそらく台湾海峡か南シナ海であり、米軍は東アジアを守るために艦隊を展開するほどの余裕まだはないだろう。シャングリラ対話のニュースに、一番危機感を抱いて慌てなければならないのは日本であると思う。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。