習近平は教育水準をあえて上げたくない?

 習近平自身は、15歳のときに文化大革命で下放され、肉体労働に従事し、無試験で入学した清華大学は、本物の学力を反映したものではない。習近平の学歴コンプレックスはかなり知られた話で、学歴をひけらかすような金融官僚を嫌悪する言動も伝えられている。

 こうした共産党の教育を使った伝統的洗脳手法の強化と習近平の学歴コンプレックスが相まって、中国の庶民の教育水準をあえて上げないで、共産党がコントロールしやすい若者を増産する方向の「教育改革」が進められたとみられている。

 もちろん清華大学や北京大学、上海復旦大学などが世界トップクラスの学府であり、世界トップクラスの頭脳の中国人学生が集っているというのも事実だ。だが、それは政治思想的に正しい選ばれし一握りの天才たちで、中国人民全体の平均的な知的レベルを反映するものではない。

 共産党としては一握りの政治的に正しい天才秀才の官僚政治家、テクノクラート、軍人たちが無知蒙昧な人民をコントロールしていくことが共産党体制維持には有利だと考えているのだ。国家の発展や国民の豊かさよりも、共産党政治体制の維持を優先させることが目的だ。

 こうした中国の教育の現状に一番不安を感じているのは、過去の激しい受験競争を懸命に勝ち抜き、そこそこ裕福な暮らしを手に入れた中間層だ。彼らは、現政権が私立小中学校や塾を否定しているのを分かっていても、家庭教師を探し出し私立校にわが子を入れようと努力してきた。

 それも、いよいよ難しくなってくると、子供の教育のために移住まで考える。最近、日本に異様に中国の留学生や教育移民が増えているのも、中国でもう、まともに子供を育てられない、と気づいた中国人が増えていることと関係あるかもしれない。米国留学などより安価で近く、競争も厳しくないのに質がいい教育がすぐ隣の国にあるとなれば、そりゃやってくるだろう。

 だが、日本人としては、幼稚園時代から中国共産党の洗脳を受けている若者の教育移民を、素直に歓迎できるかというと、やはり懸念が出てくる。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。