でも、農水省の方たちが「みんなでこの薬を通しましょう」「なるべく早く出さなければ」と言ってくださったので気が楽になったのか、不整脈は収まりました。おそらく慣れない申請の作業や、論文執筆などが重なってストレスが溜まっていたのだと思います。

人間医学と獣医学はもっと手を取り合っていいはず

――最近ではネコ科の動物が新型コロナウイルス感染症に罹患することや、猫伝染性腹膜炎(FIP)がヒト用のコロナ治療薬で治療が可能になるなど、人獣共通の感染症もあれば薬もあることがわかってきました。

宮﨑 コロナ禍という前代未聞の状況で得られた貴重な知見でした。自分がヒトの医師・研究者としてネコ薬に関わるようになって、ヒト医学と獣医学を隔てる溝のようなものがあまりにも深すぎるのではないかと感じています。双方がもっと連携すれば、医学の発展に寄与するのではないでしょうか。

 たとえば、動物薬は獣医さんがご自分の裁量でどのようにでも使うことができるので、腎不全の初期からAIM薬を投与することができますし、関節炎や結石に使うことも可能です。そうした臨床データが積み上がるとネコの疾患治療に役立つだけでなく、ヒト薬の発展にもつながると思います。

論文発表にまさかの壁、それは「ネコだから」?

――先ほど論文執筆でストレスを抱えていたとおっしゃいましたが、何があったのでしょうか。

宮﨑 2年間の基礎研究から、AIMにはゴミ掃除に加えて非常に興味深いメカニズムがあるとわかりました。それを論文にして、自信満々でインパクトファクター*2の高い各誌に投稿したのですが、どこも不採択だったのです。なぜダメなのかわからなくて、友人の研究者に相談してみたら、「ネコだからじゃないか」と言われて。

*2 インパクトファクター(Impact Factor)とは、学術雑誌の影響度を評価する指標(数値)のこと。過去2年間に雑誌に掲載された論文が引用された状況を基に、毎年新たな数値を算出される。現在トップはアメリカがん協会(American Cancer Society)の「CA: A Cancer Journal for Clinicians」(254.7)である。

――え?

宮﨑 友人の仮説では、ネコはモデル生物(研究で用いられる生物)ではないから、ということらしいのです。「マウスはいいのに?」と思いますよね。イヌやブタ、サル、ネズミ(マウス)などは研究/実験動物としての歴史がありますが、ネコはほとんど登場しません。私たちはAIMを欠損させたマウスを遺伝子操作によって作製して実験に用いましたが、ネコ科は生まれつきAIMが欠損した状態ですから、天然のモデル生物と言えます。なのに、歴史がないからと言われても……と唖然としました。

ずいぶん痩せてしまったクロベ

 もう一点、愛猫家の方々から「ネコを実験に使うな」と抗議されることを雑誌が警戒しているのではないかと。私は愛猫家の皆さんに支えられてきたので、その視点はありませんでした。しかも治す方向でのみ、ネコちゃんには協力してもらっているのにと忸怩たる思いでしたが、泣く泣くヒト用とネコ用の2つに論文を分けて再構成して、ネコに関するパートは、獣医学の雑誌に生まれて初めて投稿しました。