北斎『冨嶽三十六景』を選んだ理由

©Ars Techne.corp 原作品所蔵元:山梨県立博物館

 今回が第1回目となる「ANOTHER STORY」。テーマに選ばれたのは葛飾北斎だ。北斎は日本を代表する絵師であるばかりでなく、西洋のアートシーンにも強い影響を与え続けている。

 特に代表作として知られる全46図の錦絵シリーズ『冨嶽三十六景』への評価は高まるばかり。2023年開催のクリスティーズ・ニューヨークオークションでは『冨嶽三十六景』の1図《神奈川沖浪裏》に276万ドル(約3億6200万円)の値が付けられた。「絵画1点に100億円が超える値が付く時代に、3億円台は珍しくないのでは」と思われるかもしれないが、《神奈川沖浪裏》は江戸時代に約8000点が刷られ、今も約200点が現存。そのうちの1点に3億円以上の値が付くのは前例のないことだ。

 そんな『冨嶽三十六景』を素材に作り上げられた「HOKUSAI:ANOTHER STORY in TOKYO」。従来のイマーシブ展とは何が違うのか?

「映像×サウンド×触覚」

©Ars Techne.corp 原作品所蔵元:山梨県立博物館

 本展では「圧倒的な映像美」「迫力あるサウンド」という、没入体験に欠かせない「視覚」「聴覚」の要素をしっかりと押さえつつ、そこに3つめの要素として「触覚」を加えた。アートを体と肌で感じてもらうために新しいチャレンジが試みられている。

「大地の部屋」と題された空間では『冨嶽三十六景』の映像を見ながら、ソニーの触覚技術「床型ハプティクス」によって、富士山の麓を実際に歩いているかのような感触が得られる。潮干狩りの風景を描いた《登戸浦》の場面では、砂地を歩く時のような弾力と不安定さ。一面の雪景色をとらえた《礫川雪ノ且》では、ザクザクと雪を踏みしめる感触。

©Ars Techne.corp 原作品所蔵元:山梨県立博物館

「風の部屋」では、これもソニー独自の技術「風ハプティクス」により、作品の中で吹いているであろう「風」が体感できる。正月の凧揚げの様子が描かれた《江都駿河町三井見世略図》ではやわらかくそよぐ風、《駿州江尻》では荷物や笠が吹き飛ばれそうになるほどの強風。スクリーンの映像では風に耐え切れなかったのか、旅人の持ち物が天高く舞い上がっていく。