転機は、2020年春にやってきた。コロナ禍が勃発し、ドイツの消費活動が急激に冷え込んだ。そこでメルケル政権は、景気浮揚策の一環として、EV補助金の内、政府の補助金の額を2倍に増やした。これ以降、価格が4万ユーロ(640万円)までのEVを買うと、政府と企業から最高9000ユーロ(144万円)もの購入補助金を受け取れることになった。
この措置は、ドイツにEVブームを引き起こした。連邦自動車局(KBA)によると、2019年に登録されたEVの新車の台数は6万3281台だったが、2023年には52万4219台のEVが新車として登録された。年間販売台数が、4年間で8.3倍に増えたのだ。
2019年の新車登録台数にEVが占める比率はわずか1.8%だったが、2023年には18.4%に増えた。逆にガソリンエンジンやディーゼルエンジンを使う車の比率は、2019年の91.2%から2023年には51.5%に減った。ちなみに購入補助金は、PHEVにも適用されたが、PHEVは化石燃料も使うことから補助金の額はEVよりも低く設定され、2022年12月31日に廃止された。政府は電池だけを使うEVを積極的に助成したのである。
ドイツ政府は2016年から2023年までに、213万台のEVとPHEVに約100億ユーロ(1兆6000億円)の補助金を投じた。財源は、気候保護・エネルギー転換基金(KTF)の2120億ユーロ(約34兆円)の資金だった。政府のEV拡大政策は、成功したかに見えた。ある意味で、経営戦略の中心にEVを置いたVWグループは、政府のモビリティ転換戦略をこの国で最も忠実に実行しようとした企業だ。
EUや政府の指示で生まれた人工的な市場
だが2023年11月にドイツ連邦憲法裁判所が、ショルツ政権の過去の予算措置を憲法違反とする判決を下して、事態は一変した。同裁判所は、ショルツ政権が余っていたコロナ禍対策予算を、エネルギー転換の予算に流用したことを違憲と断定したのだ。このためKTFの資金のうち、600億ユーロ(9兆6000億円)が無効になり、予算に穴が開いた。ショルツ政権は、エネルギー転換関連の歳出を削ることを迫られた。この際に白羽の矢が立った分野の一つがEVだった。
ショルツ政権は、EV購入補助金を少なくとも2024年末まで続ける予定だった。ところが同政権は、去年12月17日に、事前の予告なしにEV購入補助金を廃止した。この決定は、自動車業界だけではなく市民にも強い衝撃を与えた。
ドイツ自動車クラブ(ADAC)の統計によると、2023年12月に登録されたEVの新車の数は5万4654台だったが、補助金が廃止された後の2024年1月には、2万2474台に半減以下になった。今年8月のEV新車登録台数は、前年同期に比べて69%も減った。ドイツ自動車工業会(VDA)は、ドイツでのEVの新車登録台数が、2023年の52万4219台から、2024年には29%減って、37万2000台になると予想している。
EV市場は、消費者の要望で自然発生的に生まれた市場ではない。温室効果ガス排出量を減らすために、EUや政府の指示に基づいて生まれた、人工的な市場である。したがって、購入補助金なしに持続させることは、極めて難しい。
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