(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年4月2日付)

ウクライナ侵攻前の2021年11月4日、国民の日イベントで演説するプーチン大統領。侵攻後の戦況がこれほど泥沼化するとは考えていなかったはずだ(写真:ロイター/アフロ)

 ベルリンの壁が崩壊した時、ウラジーミル・プーチンはソ連国家保安委員会(KGB)の任務で東ドイツに駐在していた。

 2000年に出版された回顧録「First Person(邦題:プーチン、自らを語る)」で、ドレスデンのKGB本部を警護するよう近くのソ連軍部隊に依頼した時のことを振り返っている。

 軍からの返答に衝撃を受けた。

「モスクワからの命令がない限り、我々には何もできない。モスクワは沈黙している」というのがその答えだった。

 プーチンは後に、「あの時、もう国が存在しないような感じがした。国が消えてしまったかのようだった」と語った。

 そのような強烈な体験は考え方を形作る。

 プーチンが1989年の経験から引き出した教訓は、偉大な帝国は内部の政治的混乱のために崩壊し得る、というもののようだ。

 モスクワが沈黙するのを見たプーチンは今、今度はワシントンが沈黙し、「アメリカ帝国」が崩壊するところを見たいと思っているかもしれない。

世界を揺るがす大国の混乱

 モスクワから世界を眺めると、その可能性は魅惑的に感じるに違いない。ドナルド・トランプが再び米国大統領に選出されれば、西側の同盟に前代未聞のストレスがかかる。

 例えばウクライナ支援の完全停止や米国の北大西洋条約機構(NATO)離脱など、トランプが着手するかもしれない政策変更は、ロシアの目標の達成に至る一つの潜在的ルートにすぎない。

 あまり議論されていない2つ目の道筋は、ホワイトハウスの意識的な政策変更に依存しない。

 このシナリオでは、トランプが再選を果たした後、米国の政府と社会が大混乱に陥る。内部の対立ばかりに目を奪われ、米国のエリート層は世界中に力を投影する意思や能力を失う。

 この混乱期は、そう長く続かなくても世界を揺るがすような大きな影響を及ぼすかもしれない。

 プーチンが後に振り返ったように、「我々が自信を失ったのはほんの一瞬のことだった。だが、それだけで世界の勢力バランスを崩すのに十分だった」。

 米国での選挙後の混乱が引き起こす「自信喪失」の時期は、かなりあり得そうに思える。

 トランプはすでに、勝った場合、政敵に対して復讐を果たす意図を明確にしている。民主党の大物や自身の政権の元高官さえをも背任や汚職の罪で裁判にかけろという呼び声を後押ししてきた。

 標的には、ジョー・バイデンやヒラリー・クリントン、トランプ政権下で最も高位の軍人だったマーク・ミリーが含まれる。