大阪の名前が泣くかもしれない

「松本人志」スキャンダルを端緒に「いじめ芸」番組の発生と問題点を、日本大衆演芸史の源流に遡ってお伝えしています。

 日頃はサイエンスのノーベル賞とか、AI倫理など理系の記事を書く私が、どうしてこのような内容を書くのかといったご質問をいただきましたので、最初に少し補います。

 1999年までテレビ朝日系列「新・題名のない音楽会」の監督を務めた後、私は慶應義塾大学で「音楽への今日的アプローチ」という講義を持ち、非常勤から大学の教壇に立ちました。

 ほどなく常勤となり、慶應では2000年からもう一つ「日本伝統音楽論」という講義を担当してくれと相談がありました。

 しかし、私は日本音楽の専門ではありません。

「前任者が辞めてしまったので、助けると思って1、2年」と教務に口説かれ、仕方なく引き受けました。

 そこでは他の人が扱わない、また私自身は好きだったお笑い、高校生時代に「説教節」の復興などにも少しタッチしたことのある「大衆話芸」を調べ、講義することにしました。

 それが広がって、後に真宗大谷派にサポートいただいてフィールドワークした「笑う親鸞」などに繋がりました。また一連の仕事は故・小沢昭一さんにたいへん応援していただきました。

 今回の問題が出たとき、小沢昭一さんや故・永六輔さん、あるいは映画監督の篠田正浩さんなどがご覧になったら一体何と言われるだろう、という観点で第1稿を書いたものです。

 私なりの「小沢昭一的こころ」「日本大衆演芸史」と芸人気質の通すべきスジ、今風に言えばメディア倫理の観点から、話せばいくらでも深い内容なのでシリーズで記しています。

 さて、週刊文春などのメディアは「後輩芸人が女性をアテンド」と報じています。しかし、これを聞いて第一に想起したのは(意外に思われるかもしれませんが)暴力団対策法でした。