「飢餓の利用」は「戦争犯罪」として成立するか
IAC/NIAC/法執行の区別は、単なる学術的議論にとどまらず、法廷での適用法のほか、各プレーヤーが相手を批判するときの言葉遣いにも影響する。特に、「戦争犯罪」との言葉を使うかどうかの判断において、この区別が決定的である。というのも、戦争犯罪には、IACとNIACの両方で成立するものと、IACでしか成立しないものがあるからである。戦争犯罪の包括的な定義と見られるICC(国際刑事裁判所)規程でいえば、IACで成立する犯罪はICC規程8条2項(a)項の8犯罪と(b)項の26犯罪がある一方、NIACでは(c)項の4犯罪と(e)項の12犯罪しか成立しない。IACとNIAC両方で成立する戦争犯罪として本紛争に関連するのは、人質を取ることや、文民や病院等を標的とすることである。
今回のハマス-イスラエル紛争との関係で問題となるもので、IACでしか成立しない戦争犯罪に、「飢餓の利用」がある。ICC規程8条2項(b)(xxv)では、「戦闘の方法として、文民からその生存に不可欠な物品をはく奪すること(ジュネーブ諸条約に規定する救済品の分配を故意に妨げることを含む。)によって生ずる飢餓の状態を故意に利用すること」を戦争犯罪としている。しかしこの戦争犯罪は、NIACでは成立しない(改正条文はあるものの受諾国は少なくパレスチナも受諾していない)。そうすると、「飢餓の利用」を戦争犯罪だと非難することができるのは、本紛争をIACと認めているプレーヤーだけということになる。さらに、そもそも法執行であってIACでもNIACでもないという場合には、「戦争犯罪」だ、との批判自体ができない。
近年では、IACの規則が慣習法化し、NIACにも適用されるという拡大理論、ないし「ワンボックスアプローチ」も提唱されているため、将来的にはこの区別はなくすべきとの立場もあろう。ただし、「戦争犯罪」を成立させるために、IACやNIACとみなすことが常に最善というものでもない。前編でも述べたように、平時ではないことによる一般市民への制約は大きいし、また、平時では犯罪であっても、IACでは犯罪とならない類型もある(兵士の殺害が殺人罪とならないことが代表的である)。また、たとえ「戦争犯罪」に該当しないとしても、著しい道徳違反の行為は人道に対する犯罪や普通犯罪に値し得る。
今後注目すべき点:「戦争犯罪」のワードが国際政治でどのように使われるか
本紛争をめぐる各プレーヤーの発言は、これらの前提を反映している。例えば、国連の独立専門家(人権理事会特別手続)は、IACであることを(おそらく)前提としているためか、「戦争犯罪」という言葉を使い、ハマスとイスラエルの双方を批判している。一方、欧米等はイスラエルによる包囲作戦を「集団罰」と批判したが、これは、欧米が本件をIACとはとらえていないが、占領状態は継続しているため、占領軍が負う特別な義務である文民条約(ジュネーブ第4条約)33条の「集団罰禁止」の違反を指摘するにとどめたものと説明できる。
今後、イスラエルないし欧米等の誰かが、「戦争犯罪」の用語を使うようになれば、それは少なくともIACかNIACのどちらかの状況であることを認めたものとみなすことができるだろう。ジョー・バイデン大統領はこれまで一度も「戦争犯罪」という言葉を使っていないが、どこかのタイミングで使い始める可能性は否定できない。欧州諸国も、今は米国と足並みをそろえているが、異なる法的性格付けを前提とした議論を始める可能性もある。
本紛争をめぐる世界線は分岐を繰り返しているが、今爆撃の音を聞いている人々にとっては、このような議論は机上の空論に過ぎないかもしれない。法的に厳密な議論は、時に道徳的に批判されるべき行為でも合法であるとのお墨付きを与えかねない危険もある。
しかし、法の不足があるならば、今ある不足を誤魔化すのではなく、立法を通じて埋めていく必要性を認識することも重要である。犯罪の責任はいつか、誰かがとらなければならない。そのような時と場所が確保できたとき、すなわち法廷に責任ある者が連れ出され、裁判官の前で世界線が統一されようとするときに、こうした法的前提の議論が決定的となることがある。その時がいつか来ると信じて、分析を続けている。
越智萌
(おちめぐみ) 2011年大阪大学大学院国際公共政策研究科博士前期課程修了(修士(国際公共政策))、2012年ライデン大学(オランダ)法学修士課程修了(LL.M.)、2015年大阪大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士(法学))、日本学術振興会特別研究員(SPD)(京都大学)、2019年ひょうご震災記念21世紀研究機構研究戦略センター主任研究員(9月まで)、2019年京都大学白眉プロジェクト特定助教、2020年立命館大学国際関係研究科・国際関係学部准教授(現在に至る)。
◎新潮社フォーサイトの関連記事
・李克強を悼み、1980年代の夢を悼む中国社会――「悲劇の総理」と「皇帝・習近平」の相克(上)
・露コズロフ天然資源環境相ら訪朝も金正恩は接見せず(2023年11月12日~11月18日)
・欧米諸国が「ガザ危機」ではまった罠――「10・7は9・11ではない」と捉えた国際社会