共産党が守るべき地域、人民を「選別」

 そもそも、この計画は市場原理に逆らって、政府の意志と行政指導にのみを頼って強引に進められた。当時、すでに地方では、需要を超える都市建設問題が表面化し、地方都市での不動産バブルの崩壊が始まり、新都市建設に十分な資源を分配できる余裕はなかった。建設途中で資金がショートしたまま野ざらしにされる「爛尾」プロジェクトが山のようにあった。

 次に、土地条件が悪かった。雄安が建設される土地の多くは白洋淀という湿地帯で、ここは長年、華北で水害が起きたときに最も水が流れ込む「遊水地」だった。雄安新区の計画が打ち出された当初、社会科学院の地理学者の陸大道院士らが、「あそこは人が住む場所ではない」「必ず大水害が起きる場所に都市をつくるべきではない」「土地を選定しなおすべきだ」と提言したが、習近平はその意見を聞き入れなかった。

中国・河北省涿州は北京を守るために犠牲となった(写真:ロイター/アフロ)

 ちなみに、中国の洪水対策は、ダムや堤防を使って川の水量を調節して、あらかじめ決められた「洪区」と呼ばれる遊水地に水を逃がす「泄洪」という方法で、都市部や重要地域を洪水から守ることが1997年に制定された洪水防止法で決められている。洪区は全国の河川の流域に98カ所、華北最大の河川の海河流域だけで28カ所ある。

 こういう中国式治水の在り方は、豪雨でダムの水量が増大したのち、ダム自体の決壊を守るために緊急に予警なく泄洪で水を遊水地に流すことで、ダム下流域に住む人たちの洪水被害を悪化させるという矛盾が当時から指摘されていた。だが中国では、共産党が洪水から守るべき地域、人民を恣意(しい)的に選別したとして、それに抵抗できるほど昔は人民に発信力もなかった。

 習近平は、本来華北最大の遊水地であるべき白洋淀に「雄安新区」を建設し、そこを「守るべき都市」に変えてしまった。これは他の遊水地がその分、過剰に洪水を引き受けるということで、今回、その犠牲に涿州が選ばれた。