「プーチンを大統領にしたくない」と帰国
プーチンが答える。「ベルリンの病院にいる患者の件」だが、といって例のごとく、名前を呼ぶに値しない存在だと余裕を見せながら、「あれは米国の諜報機関の情報」で、「例の患者はCIAの支援を受けている」と。まったく、しゃべっている本人も、また聞いている全員も、ウソだとわかっているウソを平然とつくのである。こうでなくては、独裁者はつとまらない。
さらに「もしその人物が毒殺されるべき存在なら」と、ここでプーチンは小ばかにしたように笑い、「とっくに殺されてる」といったのである。そして「あの人物は自分を格上げしたいのだろう。(略)国のトップと互角なんだぞ」と。
ドイツでこの会見を見ていたナワリネイは頭にくる。冷静につとめてはいるが、あきらかに頭にきている。「上等じゃないか」「ああいう屁理屈を丸ごと叩きつぶしてやる」と、例の化学者との通話内容を公表したのである。だがそんなことでプーチンを「叩きつぶす」ことは当然できなかった。動画が7時間で770万回再生されただけである。
2021月1月17日、ナワリヌイは妻のユリアを伴って帰国した。「プーチンを大統領にしたくない。帰って国を変えたい」とその理由を語ったが、当然逮捕されることは織り込み済みだったはずである。それとも読み違えたのか。
機内での記者たちのインタビュー。モスクワ到着。空港に集結した出迎えの群衆。そのなかのひとりが、ナワリヌイを「ロシアの自由の象徴」という。しかし警察が市民も記者もかたっぱしから連行する。機内の緊迫した様子が映しだされる(次の写真)。別の空港に着陸する。ナワリヌイの周りを記者たちがとり囲む。入国審査。警官がくる。弁護士を呼ぼうとするが無視。警官たちはカメラなど平気だ。そのまま連行する。群衆はナワリヌイの妻のユリアの名前を連呼する。
逮捕2日後、チームは「プーチンの宮殿 世界最大の賄賂」の暴露映像を公開した。1週間で1億回再生された。ナワリヌイの逮捕とビデオの公開は、ロシア全土で抗議行動を巻き起こしたが、結局鎮圧された。調査チームは国外に逃れて活動をつづける。コンスタンチンという化学者は行方不明である。
国営テレビ局の女性は無事密出国
あのロシアで反政府運動をする人がいるというのは驚きである。もちろん国民の大半は、触らぬ神に祟りなし、の無関心派か、プーチン支持派である。それでも勇気ある反対派が存在する。しかも女の人が少なくない。
一番有名なのは、2022年3月14日、国営テレビの第1チャンネルの夜の生放映中に、反戦メッセージを書いた紙を掲げてテレビに映りこんだマリーナ・オフシャンニコワ(当時43歳)である。彼女はロシア第1チャンネルのスタッフだった。