高度経済成長という奇跡を想定できなかったのが日本の農政の問題であったことを、前回に述べました。
コメが供給過剰になり、減反が始まった頃、さらにもう1つの「奇跡」が農水省を襲うことになります。コシヒカリです。
この連載で以前述べたように、コシヒカリはコメが供給過剰となる絶妙のタイミングで市場に登場し、大きく生産量を増やして今日に至っています。当時の技術では「作れたのが奇跡」と言われるほどに、コシヒカリは食味が良かったのです。
しかし、これがまた農水省の苦悩を増やすことになります。
コシヒカリ農家が求めたコメ市場の自由化
なぜか? 市場はそれまでのコメとは段違いにおいしいコシヒカリを求めます。しかし、コシヒカリは全国で作れる品種ではありません。すると何が起きるでしょうか? コシヒカリだけが売れて、それ以外のコメが売れなくなります。
食糧管理法を使って農家の所得を維持しようとしていた農水省は、すべてのコメを買い上げます。それを業者に引き渡す時、業者はコシヒカリだけが欲しいのです。しかし、そんなことを農水省は認めるわけにはいきません。すべての業者に対し、規模に応じた量のコシヒカリを割り振ると同時に、コシヒカリ以外のコメも割り当てなければなりません。
米屋としては、もっとコシヒカリが欲しい。そのため一部の業者は直接農家に買い付けに行き、政府買い上げ価格以上の金を出してコシヒカリを入手します。これは違法行為で、こうしたやり方で買い付けられたコメは「闇米(ヤミ米)」と呼ばれました。
業者が政府買い入れ価格よりも高い金を払ってコシヒカリを買っていく。コシヒカリを作っていた農家は、減反に疑問を持ちます。「売れるのに、どうして作らせてくれないのだ」。そんな主張をする人も出てきますし、そうした声を聞いたジャーナリストは「コメ流通の自由化」こそ農業の、そして農家ためになると考えます。
「社会主義」礼讃ムードの中で農家の所得格差は許されなかった
とはいえ、一部の地域でしか作れないコシヒカリだけが抜群の競争力を持っている状況において、自由化を行えば、コシヒカリを作れない地域の農家が作るコメは買い叩かれ、ただでさえ少ない所得がさらに低下します。