(平田 祐司:香港在住経営者)
エリザベス女王逝去の報道が世界に伝わった9月8日、香港も深い悲しみに包まれた。地元メディアの報道やSNSへの投稿も追悼一色となり、150年にわたり英国領として独自の発展を遂げてきた過去の栄光を改めて振り返る市民の「静かな思い」もひしひしと感じた。
香港国家安全法に加え、コロナ防疫を口実に各種の行動制限が続いている今の香港では、エリザベス女王逝去に関連するいかなる政治的言動も許されない。しかし、自由を奪われたがゆえ、エリザベス女王追悼の思いには香港市民の本音が透けて見える。
気温32度の猛暑の中、数百メートルにも及んだ一般記帳の列
中秋節連休最終日の9月12日、香港の英国総領事館は香港市民による追悼(一般記帳)の受付を始めた。アドミラルティ(金鐘)のコンラッドホテルに隣接する英国総領事館前には、猛暑の中、数百メートルにわたる市民の列ができ、待ち時間は3~4時間になったという。
一般記帳は9月16日の午後4時まで受け付けられるが、1万人近い香港市民が英国領事館を訪れるものとみられている。
香港では依然、厳しいコロナ対策が続いており、屋外でのマスク着用義務、飲食店利用時のワクチン接種証明提示、公共の場所で4人以上集合してはならない限聚令などが施行中だ。
英国領事館へ弔問に訪れる市民の列にもこの「行動制限」が適用される、弔問に向かう市民を撮影して個人を特定する等、香港政府=香港警察の嫌がらせがあるとの噂があったが、現時点では香港警察は静観している。
英国統治時代を懐かしむ言動は今の香港では公にはタブーだが、追悼という形での無言の意思表示にはさすがの中国政府、香港政府も目に見える形で妨害できないのだろう。
在香港英国総領事館はBNO(British National Overseas)旅券を発行して、海外脱出する香港市民を間接支援している、香港の民主派活動家を支援して「国家安全」をかく乱している等々、中国政府の意をくんだ香港の親中派から敵視されている。
中国政府も、そうした場所に多数の香港市民が訪れることを決して快く思っていないはずだ。
2019年には英総領事館の職員が隣接する深圳で拘束される事件も起きた。拘束されたサイモン・チェン氏は現在、英国に居住しているが、中国当局に拘束された期間中、殴打や目隠し、睡眠はく奪などの拷問を受け、ウソの自白を強要されたと後に証言している。
香港の李家超行政長官も弔意を表してはいるが、英総領事館への弔問は代理で済ませるとメディアからの質問に答えている。岸田総理や韓国のユン大統領が英国大使館を弔問したのに、元英国領だった香港の行政トップがそれをしないのはそれなりの意思表示であり、中国政府および中国共産党の歴史観に沿った行動だと筆者は理解している。