災害時のトイレ問題はまだまだ心許ない(写真:アフロ)

 阪神・淡路大震災や東日本大震災など、大きな災害のたびに避難所で問題になることの一つはトイレだ。街には帰宅困難者があふれかえり、避難所には人々が次々訪れるが、仮設トイレはすぐには設置されない。

 50人に最低1個はトイレが必要とされ、国際的な基準では20人に1個トイレが必要だが、災害時に即座に十分な数のトイレが用意されていることはないだろう。マンホールトイレや携帯トイレなど、効果的な緊急時の備えはあまり知られておらず、あちこちで大勢が用を足すと生活空間は1日ともたない。

 私たちの生活レベルを大きく左右するトイレの充実について、『災害とトイレ 緊急事態に備えた対応』(柏書房)を上梓した、日本トイレ協会災害・仮設トイレ研究会代表幹事の山本耕平氏に話をきいた。(聞き手:松葉 早智、シード・プランニング研究員)

※記事の最後に山本耕平さんの動画インタビューが掲載されています。是非ご覧下さい。

──日本トイレ協会はどのような団体で、どのような活動を行っているのでしょうか。

山本耕平氏(以下、山本):日本トイレ協会は業界団体ではありません。企業にも参加していただいていますが、基本的には、建築家やデザイナー、研究者、トイレのメンテナンスの専門家など、トイレに関心がある個人が集まってトイレについて議論をしている組織です。今は学生さんの会員もいます。

 トイレ協会は、大袈裟に言うと、トイレ文化の創造とトイレ環境の改善を掲げて作った組織です。

 毎年開催しているシンポジウムでは、いろいろな話題が出ます。その議論がもとになって生まれたアイデアもいろいろあります。

 例えば、「赤ちゃん連れでトイレに行きにくい、オムツを替える場所がない」という課題から、「ベビーベッドを公衆トイレの中に置きましょう」というアイデアが生まれました。

「オムツを替えるのはいいけれど、うろうろする子は困る」という課題には、「赤ちゃんを座らせておきましょう」という議論の中から、ベビーキープという製品が発明されました。そういう議論をずっと続けています。

「災害とトイレ」も議論の中の一つの大きなテーマでした。この「災害とトイレ」が一番クローズアップされたのが、阪神・淡路大震災の時です。

──1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、災害時のトイレが注目されるようになりました。阪神・淡路大震災から25年以上たった現在、災害時におけるトイレのあり方やトイレに関する平常時の備えはどのように変化したのでしょうか。

山本:行政の意識は大きく変わりました。阪神・淡路大震災以降、大きな災害を何回か経験して、トイレが重要だということはだんだん認識されるようになったと思います。避難所となる学校のトイレの改善に、行政はすごく力を入れています。

 例えば、トイレの洋式化、数の増加、車椅子の人でも使えるようにする、などです。