“役得”を恥とした男、白洲次郎

 高橋元理事を見ていて、思い出したのは白洲次郎である。父親の文平が綿貿易で巨万の富を築いたのは高橋氏と似ている。次郎は16歳のとき日本に数台しかない外車を誕生祝いにもらったりして、バカ息子の要素があったが、似ているのはここまで。1919年に17歳でケンブリッジ大学に入学し、イギリスに10年いたのが、かれの人間形成に多大な影響を及ぼしたようである。

白洲次郎(週刊朝日1953年1月11日号、ウィキメディア・コモンズ)

 次郎は名誉職をいろいろとやり、毀誉褒貶のある人物だが、汚職で金をもうけたという話だけはきかない。毀誉褒貶というが、やはり悪口よりも肯定的に評価するほうが正しいと思われる。なにしろ「一番やりたいことは?」と問われて一言「百姓」と答えた男である。「人が困ってるときは、助けるもんだ」といった男である。

 その白洲次郎の言葉に「上に立つことは役得ではなく役損があると思え」というのがある。白洲は役得をとらなかった男である。ふつうは役得ばっかり得ようとする人間ばかりである。白洲はそれを恥とした。こういう気骨のある道楽息子もいるのである。

蛮勇をもった経営者はいないのか

 話をもう一度、最低賃金に戻す。世界のトップクラスはオーストラリアやルクセンブルクとされるが、おおざっぱに計算して、ドルの換算レートにもよるが、最高クラスでも1500円から1700円くらいである。日本がもしその水準に到達するためには31円どころではない、時給を400円ほど上げなければならない。これだと400円×8時間で1日3200円、3200円×20日でひと月6万4000円の給料アップになる。

 ここまででなくてよい。審議会で、使用者の側からでも100円とか200円とかの話は出ないのか。ちまちまと20円だの30円だの上げるのではない。どっかで1回、100円とか200円とか一気に上げなければならない。

 寝言は寝ていえ、といわれるだろうが、思い込みを捨てて、思い切ったことをやらなければなにも変わらない。アルバイトや派遣社員や契約社員という働き方で、一生なんとか生活できるだけの報酬水準を考えるべきである。そういう蛮勇をもった経営者、そういう政策を考える政治家はいないのか。岸田首相は就任直後、所得倍増といってなかったか。

 適格な状況判断も、迅速な意思決定もできずに、ただただ戦々恐々として、内部留保するしか能のない日本の大企業経営者で、自分の会社だけでも賃金構造を変えてみせると蛮勇をふるう人はいないのかと思う。が、横並びしかできない日本人にそういうことを期待するのは所詮無理なことかもしれない。