2019年3月4日付『赤星』紙上に、ロシア連邦軍参謀総長のワレリー・ゲラシモフ上級大将が軍事科学アカデミー総会で行った『軍事戦略発展のベクトル』と題する演説が報じられている。
このゲラシモフ演説は、今日のウクライナ戦争の様相を予見し、それに備えるための軍事戦略を提唱している。
将来戦の様相を予測し、理論と実践の両面から戦略原則を明示し、情報、編成装備、運用、兵站、人事、訓練など、軍事力全般にわたる諸要素が含まれている。
さらに国家全体としての戦争の予防・準備・遂行についての採るべき態勢にも言及している。
その方針に沿って、5年以上の歳月をかけて、ロシアは軍のみならず国家総力を挙げて戦争の準備と遂行に備えてきた。
その成果が、今回のウクライナ戦争に現れている。
すべての軍事領域にわたる基本戦略
ゲラシモフが提唱した『軍事戦略発展のベクトル』では、軍事的脅威の変容、戦略概念の定義、その理論と実践の一致、戦争の予防・準備・実施の原則、戦争シナリオの予測体系、領域外での「限定行動戦略」とその枠内での部隊運用、国家の軍事組織間の相互関係、情報空間での敵対関係などについて、総合的に述べられている。
「戦略」の定義について、ゲラシモフは、「戦争の予防、準備、実施に関する知識と行動の体系」であるとしている。
また戦争の主体は、主権国家の軍隊と並び、様々の武装組織、民間軍事会社、他国から承認されていない「疑似国家」など、多様化している点を指摘している。
これは、シリア内戦などの経験から、様々の武装組織、ISなどの「疑似国家」や欧米の軍事会社などが戦争の主体として戦っていた実態を踏まえた分析とみられる。
このような多様な戦争主体の活用という戦略が、東部ドンバスでのロシア系住民の武装抵抗活動に対する、ハイブリッド戦争とも称される、民兵、特殊部隊などを使った支援という戦い方にも反映されている。
ゲラシモフ演説では、経済・政治・外交・情報などの非軍事的な「圧力手段」が活発に使用され、軍事力はこれらの非軍事手段の効果を高めるために誇示されると指摘している。
ここで言われている軍事力の誇示とは、仮想敵国近傍での、単独または共同の軍事演習、哨戒飛行、艦隊の航行、実弾射撃訓練、ミサイルの発射訓練などが挙げられる。
ウクライナ戦争開戦前後にも、中露合同艦隊の日本周回、爆撃機などの連携飛行、北海道東部での大規模演習などのロシア軍による軍事的圧力が行使されている。
なおゲラシモフ演説では、「軍事力が行使されるのは、非軍事手段では初期の目的が達成できなかった場合」であると述べているが、逆に言えば、非軍事手段の圧力では限界があると見た場合は、いつでも軍事力の行使に移行しうることも意味している。
クリミアでもウクライナでも大規模演習による威圧行動からそのまま軍事侵攻に移行している。