(文:磯山友幸)
安倍晋三元首相の死去と参院選大勝を受け、金融・経済政策の転換に注目が集まっている。実際、財政再建をめぐり自民党で生じた対立を考えれば、積極財政派の重鎮・安倍氏の「重石」が消えた意味は小さくない。しかし、岸田首相の「新しい資本主義」はもはや、アベノミクス以上にアベノミクス的になっている。
安倍晋三元首相が亡くなった。8年8カ月に及ぶ憲政史上最長の期間、首相を務めた安倍氏は、外交で大きな成果を残したほか、アベノミクスに象徴される経済政策や、教育改革など様々な分野で足跡を残した。まだ67歳と若かったこと、自民党最大派閥の清和会を率いていたことから、今後の日本の政策の方向性にも大きな影響を与えると見られていただけに、突然の死去は岸田文雄内閣の政策運営、特に金融・経済政策に大きな影響を与えることは必至だ。
「安倍元総理の思いを受け継ぎ、特に情熱を傾けて来られた拉致問題や憲法改正など、ご自身の手で果たすことができなかった難題に取り組んで参ります」
岸田首相は7月11日、参議院選挙の結果を受けて自民党総裁として記者会見し、安倍元首相に哀悼の意を捧げると共に、「思いを受け継ぐ」と語った。だが、具体的にあげた拉致問題や憲法改正はともかく、金融・経済政策については、安倍氏の「重石」が外れたことで、今後、大きく転換していく可能性が出てきた。というのも、自民党内は、金融・経済政策を巡って、深刻な対立が生じていたからだ。
「骨太の方針」から消えた「PB黒字化」の目標年限
5月中旬。自民党の財政再建派を中心とする「財政健全化推進本部(以下、推進本部)」が、基礎的財政収支(プライマリー・バランス=PB)を黒字化する目標年限を定めようと動いていたことに、安倍元首相が猛烈に反発していた。その推進本部の事務局長を務める越智隆雄氏に安倍氏は自ら直接電話をかけ、「君はアベノミクスを批判するのか」と怒気をはらんだ声で問い質した、と報じられた。政府が毎年6月に閣議決定する「経済財政運営と改革の基本方針」いわゆる「骨太の方針」に、PB黒字化を明記する方向で動いていた推進本部に、安倍氏自らが怒鳴り込んだわけだ。
岸田氏は財務省の影響力が強い「宏池会」の会長を務める。当然、財政健全化は財務省の悲願で、2021年秋にスタートした岸田内閣がPB黒字化に向けた歳出抑制や増税に動くとの見方が強かった。2021年12月に茂木敏充幹事長が岸田首相と相談し、総裁直属の「財政健全化推進本部」を設置。本部長に額賀福志郎氏、最高顧問に麻生太郎副総裁など財務相経験者が名を連ねた。アベノミクスで進めてきた「大胆な金融緩和」や「機動的な財政出動」にブレーキがかかる可能性があったわけだ。
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