ポーランドを訪問し、ウクライナからの避難民と対話したバイデン大統領(写真:AP/アフロ)

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 3月26日、バイデン米大統領はワルシャワで、「この男(プーチン大統領)が権力の座にとどまり続けてはいけない」と発言した。ところが面妖なことに、この発言が西側諸国だけではなく、米政府内でも物議をかもしたのである。マクロン仏大統領は「言葉や行動で事態をエスカレートさせるべきではない」と非難し、ザハウィ英教育相も、プーチンの将来は「ロシア国民が決めることだ」と述べた。

 身内のブリンケン国務長官もこの発言の打ち消しに必死で、ロシアの指導者に関するいかなる決定も「ロシア国民次第」だとわざわざ訂正した。上院外交委員会の共和党トップのジェームズ・リッシュ上院議員は、民主党への対抗意識丸出しで、この発言を「恐ろしい失言」といい「大問題を引き起こすだろう」といったのである。

 国際政治学者の三浦瑠麗は「核保有国に対して体制転換をちらつかせることが間違っている理由」として、次の4点を指摘している。「1・ロシアの継戦動機を強化する 2・ロシアによる核使用可能性がさらに高まる 3・国民の期待値が上がり制裁を取り下げにくくなるので合意が遠のく 4・アメリカの過去の行いを思い出して多数の国が引き、どっちもどっち論に力を与える」(「三浦瑠麗氏がバイデン発言の問題点を指摘「アメリカの過去の行いを思い出して多数の国が引く」」東スポWeb、https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/4091675/)

 4つとも、わかったようなわからないような、曖昧な理由である。4番目の理由など、たしかにアメリカはスネに疵をいくつも持っているが、そういうことをいいだせば、ロシアのウクライナ侵略を非難できる国は世界にひとつもないということになろう。問題はあくまでも、現在の、ロシアのウクライナ侵略である。

「大人の対応」の方がいいというのか

 わたしら素人には、バイデン発言のなにが悪いのかがわからない。かれの発言は「ロシアとの対立激化」を加速させるとか「同盟国を結束させるどころか、不安に陥れる」だとか「プーチンを制御しようとする西側諸国の努力に水を差す」だとかいわれているが、ようするにプーチンがさらに激昂するじゃないか、とびびっているだけである。しかし素人にとっては、ただの生ぬるい発言でしかない。普通の人間は、こんな程度の発言ではなく、もっとあからさまなことを考えたり、いったりしているのだ。

 Meta(フェイスブック)は、今回のロシアの軍事侵略に限って暴力的な(つまり激越な)投稿を容認した。元東京地検のあの冷静な若狭勝も「もうプーチン大統領は呼び捨てでいい」といい、「あるいは殺人犯というくらいに」いっていい、と頭にきている。本音をいえば、各国の政治家だっておなじであろう。現にバイデン自身、プーチンを「虐殺者」「人殺しの独裁者」「真の悪党」と呼んでいるのである。

 バイデンは正直なだけである。自身の発言が多くの批判にさらされ、バイデンもロシアの体制転換を求めたものではなかったと釈明したが、「私はプーチンの残忍な仕打ちについて、憤りを表明した。個人的に謝罪はしない」と明言している。そう、謝罪など一切することはない。口を開けば「国際社会としっかり連携しながら」(日本の総理の伝統語)としかいわない我が岸田総理に比べれば、よほど好ましいといわざるをえない。それが日本では「大人の対応」とされるのだろうが。