米空軍の初代最高ソフトウエア責任者であったニコラス・シャラン氏(37歳)は、2021年10月の辞任後初のインタビューで、英紙フィナンシャル・タイムズに対して次のように語った。
「(米国は人工知能=AI技術の開発競争において)我々は今後15年から20年間、中国との競争で勝てる見込みはない。今時点で既に勝負は決着している。私の考えでは、もう戦いは終わった」
シャラン氏が国防総省を辞めたのは、米国の技術革新が遅いことに対する抗議のためだったと明かしたことは、米国内にとどまらず日本などにも波紋を広げた。
さて、筆者を含め多くの読者は、AIの研究開発では現在、米国が中国をリードしており、将来とも米国が中国をリードし続けられるのかどうかが重大な関心事であると認識していると思う。
次に紹介する2人の専門家の評価も我々の認識と同様である。
AIとロボットのスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタル「Thundermark Capital」でマネージングパートナーを務めるGleb Chuvpilo氏によれば、2020年の世界のAI研究をリードする国の1位が米国、2位が中国、3位が英国である。
また、同氏は米国と中国のAIをめぐる覇権争いの行方についても考察しており、AI研究開発における重要な3要素であるアルゴリズム・ハードウエア・訓練データのうち、アルゴリズムとハードウエアで優位に立っている米国が、今後数年は中国を凌駕すると結論づけている。
しかし、豊富な訓練データを駆使する中国は米国を猛追しており、米国が中国に対して優位に立ち続けるためには1兆ドル近い規模のAI研究開発への投資が必要としている(出典:AINOW「2020年のAI研究ランキング」2021.02.25)。
また、中国の投資と技術革新を追跡する人工知能ベースのプラットフォームである「China Money Network」の創設者であるNina Xiang氏は、次のように語っている。
「中国のAIは過大評価されている」
「中国のAI産業は、基礎研究やブレークスルーという観点では強い存在ではない」
「最近のAIブレークスルーであるGPT-3(注1)は、中国が開発したわけではない。ロボットの分野ではBoston Dynamicsがすばらしい成果を出し続けているが、これも中国企業ではない」
「中国のAIはビジネス用途への応用に関しては非常にすばらしい。しかし、基礎研究や技術的ブレークスルーに関しては米国が今でも世界一というのが私の実感である」(出典:ビジネス+IT「中国のAIは過大評価されている」2021.07.13)。
さて、AIの軍事利用は戦場の風景を一変させ、国家間の勢力バランスも揺るがしかねない。
もし、シャラン氏の言うように「既に勝負は決着している」としたら日米同盟を外交・安全保障政策の基軸とする我が国にとってもゆゆしき問題である。
そこで、本稿では主要国のAIの研究開発の動向とAIの軍事利用について述べてみたい。
ただし、AIの軍事利用については、拙稿「戦争もAI時代に本格突入、無人機に勝てない『F-35』」(2020.10.26)で大方述べているので、本稿では、シャラン氏が懸念を表明している「AIの活用をめぐる倫理上の問題」について述べてみたい。
以下、初めに、シャラン氏のインタビューにおける発言要旨について述べ、次に米・中・露のAI研究開発の動向を述べ、最後にAIの活用をめぐる倫理上の問題について述べる。
(注1)GPT-3はOpenAIが作った「文章生成言語モデル」である。OpenAI は、イーロン・マスク氏などが創設した人工知能を研究する非営利団体である。