「シンギュラリティ」という言葉が流布する中、「AIが人間よりも賢くなっても良いのか」という問題が、安全保障や雇用、格差の観点からますます取り上げられるようになっている。果たしてAIの高度化には歯止めが必要なのか? 元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第59回。

「コンピュータが人間よりも賢くなったら何が起こるのか?」という問題は、コンピュータの登場以来、たびたび取り上げられてきました。今から50年以上前の1968年に作られた映画『2001年宇宙の旅』や、『ウルトラセブン』シリーズの『第四惑星の悪夢』でも、これが主題となっています。また、人間を超える能力を持つに至ったアンドロイドやロボットが人間に反乱を起こす物語も、1982年の映画『ブレードランナー』や2003年の浦沢直樹氏の漫画『PLUTO』など、数多くあります。

シンギュラリティ、雇用、格差問題

 近年、AI(人工知能)の進歩とともに、この問題は一段と注目されるようになっています。その背景としては、いくつかの要因が挙げられます。

 まず、「シンギュラリティ」という言葉の広まりです。もともとシンギュラリティは数学や物理学で「特異点」を指す言葉ですが、これが、「AIの能力が人間を超え、AI自身がさらに優れたAIを作り出すようになり、後戻りできない状況になること」を意味する言葉として用いられるようになりました。そして、「2045年にはそのような状況になる」という予言も話題を集めました。

 次に、「AIが人間の職を奪うのではないか」との懸念の広がりです。2013年にオックスフォード大学のフレイ氏とオズボーン氏が発表した論文の中で、「米国で10~20年以内に労働人口の47%が機械に代替されるリスクは70%以上」という推計結果が示されました。この推計は実際にはかなり大まかなものですが、職を奪われることへの人々の警戒感を醸成するには十分でした。

Frey and Osborne <2013>の有名な分析 (c)Frey and Osborne
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