一方で、COVID-19を巡る対応はさまざまな困難に直面しました。例えば、個々のニーズをくみ上げることの難しさを反映し「一律」にならざるを得なかった給付金やマスクなどの配布、医療リソースが逼迫する中でのリソースの効率的配分などです。これらの課題はまさに、我々がもっと賢くならなければいけないことを示しています。「AIをあまり賢くしないように」などと考える余裕は当分なさそうです。

 さらに、カーボンニュートラルや脱炭素化も、経済主体が飛躍的に賢くならないと、実現は困難です。資源配分をリスクとリターンだけで決めるのではなく、他国や将来世代への影響も含めた複雑なファクターを全て勘案して決めなければいけないからです。このチャレンジを克服できなければ、カーボンニュートラルは結局は実現できないか、あるいは統制経済化の道を辿ってしまいます。

AIとともに賢くなる

 このように考えると、唯一の選択肢は、AIを使う人間もAIとともに賢くなることだと思います。

 自転車や自動車を発明した時点で、人間は既に自分たちよりも速く走れる機械を手に入れました。そのことは交通事故のリスクを新たに生み出しましたが、人間は技術の導入に合わせて、交通法規の整備などを通じてリスクを最小化し、便益を最大化するよう努めてきました。

 コンピュータも、すでにその計算能力は多くの分野で人間を超えていますが、これまでのところ、人間側の対応もあって、その多くは人間の暮らしをより良くする方向に貢献しています。この中で、AIがもたらす新たな論点は、AIがさらに進化して、人間のような「意志」を持つようになるのかという点でしょう。

 2016年、マイクロソフトのAI「Tay(テイ)」が、悪意あるユーザーが学習させたデータによって、差別的な発言を繰り返すようになった事件がありました。このように、人間側のデータの与え方がAIを決めるということは、今後、AIが「意志」を持つとすれば、その意志のあり方は、結局は人間が決めるとも言えます。したがって重要なことは、人間の側がAIの仕組みを十分に理解しながら、倫理観を持って開発していくこと、そして、AIに対応した法律や制度の整備を進めていくことだと思います。

 もちろん、これは容易なことではありません。しかし、AIの進歩は、これに合わせて人間が思考を広げるチャンスでもあります。AIとともに人間も賢くなるよう努めていくことが、両者が共存する鍵になるでしょう。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。