2021年8月に発行された『マッキンゼーが解き明かす 生き残るためのDX』(日経BP)。DX(デジタルトランスフォーメーション)がバズワードとなって既に数年がたつが、なぜこのタイミングでDX関連本を出したのか。誰に対して、どのようなメッセージを伝えたかったのか。執筆陣に加わった黒川通彦氏と片山博順に聞いた。

DXにも正しい進め方がある
――今夏発行された『マッキンゼーが解き明かす 生き残るためのDX』(以下、本書)を執筆された背景についてお聞かせください。
黒川 日本でもここ3〜4年、DXがバズワード化していますが、企業の方々に話を伺うと、新しいテクノロジーやITソリューションを導入すること、あるいはレガシーシステムを刷新することがDXだと勘違いされているケースが少なくありません。
本当のDXとは、デジタルを使ってビジネスプロセスを変えたり、ビジネスモデルを変えたりすることによって顧客への提供価値を高め、そして企業価値を高めることです。例えば、モノ売り型のビジネスモデルだった製造業がコト売りに変わる、店舗販売中心だった小売業がEコマース中心に変わる、そうした抜本的な変革は全社を挙げ、全精力を傾けて行わなければ実現できません。
その点が十分に理解されず、IT化とDXを混同されている企業が多いことを、私たちは危惧していました。
本書を執筆する直接のきっかけとなったのは、2020年9月にマッキンゼ
ーが発行したレポート「デジタル革命の本質:日本のリーダーへのメッセージ」が大きな反響を頂いたことです。
コロナ禍で多くの人たちや企業が苦しんでおり、デジタルを活用した社会や企業の変革が遅れていることへの危機感が非常に高まっていた時期でしたので、抜本的な変革を伴うDXの機運を高めたいという思いから、緊急提言としてこのレポートを出しました。いろいろな経営者から「本質的なDXとは何かを理解できた」「DXにも正しい進め方があることが分かった」といった声を頂き、実際にDXへと本格的に動き始める例も出てきました。
――本書の前書きでは、経営幹部はもちろん、特に10年後の企業の存亡の鍵を握る、次世代リーダーを対象にこの本を書いた、と記されています。
マッキンゼー・アンド・カンパニーマッキンゼー・デジタル パートナー
黒川通彦氏
大阪大学基礎工学部卒業。アクセンチュアを経て現在に至る。マッキンゼー・デジタルグループのリーダー。23 年以上にわたり日本のデジタル変革を牽引してきた経験とコア・テクノロジーの知見を活かし、デジタル・アナリティクス技術を用いた生産性改善、コアテクノロジー・モダナイゼーション、データドリブン経営、新規ビジネス構築などを含む全社変革支援をリードしている。
黒川 DXとは、サナギがチョウに生まれ変わるほどの大きな変革ですから、10年先、20年先のビジョンを描き、それをロードマップに落とし込んで着実に実行していく必要があります。日本の上場企業では、CEOの在任期間は平均すると5〜6年、米国に比べると半分ほどです。残念ながら、10年先のビジョンを最後まで責任を持って達成できる人は少ない。
一方、現場はDXをやれといわれても、日々の業務で忙しいですし、その業務を大きく変えるような改革には抵抗感を持つものです。では、経営者と現場をつなぎ、DXの推進力となるのは誰かと考えると、それは40〜50代の次世代リーダーです。
次の10年、20年の成長を担う次世代リーダーたちが変革のマインドとスキルを持ち、経営層と現場を巻き込んで本気で取り組まないと、DXを実現することは難しい。
ですから、本書ではDXのWHY(なぜやるのか)、WHAT(何をやるのか)、HOW(どうやるのか)を、次世代リーダーたちが具体的にイメージできる構成としました。ぜひ、彼ら、彼女らに変革をリードしてほしいと思っています。
片山 日本の組織の強さは現場にあり、その現場を指揮しているのはミドルマネージャーや部門長、つまり次世代リーダーです。その次世代リーダーたちが本気で変革したいと思わない限り、DXは前に進みません。ですから、あえて次世代リーダーへのメッセージを本書に盛り込みました。
――マッキンゼーでは、かねてから「DXとは企業文化変革である」と主張されてきましたね。
黒川 企業文化変革を一言でいえば、企業が生き残るための「破壊と創造」です。つまり、「DXをきっかけに、世間の常識から見て、古くなった“自社の常識”を破壊すること」。そして、「従業員の意識、共通認識、行動様式を時代に合わせて創造し直すこと」です。
「破壊」というと言葉は過激ですが、要は顧客やユーザーの視点で現状のビジネスモデルやビジネスプロセスをゼロベースで見直してみましょうということです。例えば、コロナ禍でペーパーレス化が進み、紙での稟議や押印がデジタル化されたという話を聞きますが、稟議や押印というプロセスそのものはなくなっていない。だったら、稟議・押印というプロセスそのものをなくせないか。それが、破壊です。
一方の創造は、新しいビジネスモデル創出に挑戦することです。新しいことへのチャレンジが苦手、失敗が許容されないという文化がある企業はこれが苦手です。スタートアップからグローバルジャイアントへと急成長した企業をみても、新しいことにチャレンジして成功するのは100回に1回、1000回に1回です。数々の失敗から組織として学び、大きな成功を生み出している。
ですから、皆さんも創造のために100回チャレンジしましょう、と私たちは言いたい。新しいことを始める時点では、誰でもうまくはできませんから一人でやる必要はありません。テクノロジーが分からないなら分かっている企業と組めばいいし、顧客のことが分からないなら顧客をよく知る企業と一緒にチャレンジすればいいのです。何でも自前でやるのではなく、他社と共創し、テストし、学習するプロセスを繰り返す。それが創造につながります。
マッキンゼー・デジタルの黒川通彦氏が講演するオンラインセミナー(2021年11月24日配信予定)「生き残るためのDXー新しい資本主義時代を生き抜く、サステナブルな価値創造企業への再生ー」の詳細はこちら
経営陣と次世代リーダーの議論で、組織のこりをほぐす
――新しいテクノロジーやソリューションを導入することはできても、企業文化を変革するのは簡単なことではありません。
黒川 そこは、経営トップがリーダーシップを発揮するしかありません。ボトムアップでは企業文化を変革することはできません。とはいえ、トップ一人でできるものでもありませんから、他の経営陣や次世代リーダー層を巻き込む必要があります。
それに加えて、何をやるのかという具体論が伴わないと、掛け声倒れに終わってしまいます。
マッキンゼー・デジタルアソシエイトパートナー
片山博順氏
早稲田大学大学院理工学研究科(情報ネットワーク専攻)修了。デューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネス修了(MBA)。マイクロソフトを経て現在に至る。通信・メディア・ハイテク企業、製造業を中心に様々な業界での全社的なデジタル変革やデジタル・テクノロジーを用いた新事業創出、IT組織変革に関する豊富な経験を有する。
片山 そこでマッキンゼーでは、DTLE(Digital Transformation Leadership Essentials:デジタル変革をリードするための必須トレーニング)というプログラムを提供しています。経営層と次世代リーダー向けのトレーニングプログラムで、グローバル共通で開発したものを日本向けにアレンジしています。DXの基礎や本質を理解するだけでなく、組織をどうリードし、変革していくかにフォーカスしているのが特徴です。
黒川 大企業ですと、社長を含む経営陣と部門長クラスの総勢100人程度が参加されます。最初は、デジタルリテラシーを向上するために、クラウドとは何かといった基礎的なところから学んでいただきます。ITやデジタルの世界ではバズワードが飛び交い情報過多となっていますが、経営に当てはめて考えるとどんな意味があるのかを解説します。
その後、海外のDX先進企業の経営幹部に会って、直接話を聞く「Go & See」というプログラムに進みます。コロナ前は参加企業から数人を海外にお連れしていましたが、今はオンラインで行っています。オンラインですと参加人数の制限がありませんので、経営陣と部門長クラス全員で先進企業の話を聞いていただいています。
先進企業の生の声を聞くことができるのは、非常に大きいですね。「5年前は当社もデジタルを分かっていなかった」「社内の抵抗があって大変だった」といった生々しい話を聞けるので、われわれコンサルタントが語るよりはるかに説得力があります。当然、失敗談や苦労話だけでなく、どう戦略を立て、プロセスを見直し、社内を巻き込んでいったか、デジタル人材をどう育成したかといったDX実現へのロードマップについても、詳しく語ってくれます。
片山 Go & Seeで話を聞いて終わりではなく、そこで学んだことを自社に当てはめると、どんなビジョンが描けるか、それに基づいてどのような戦略を立て、プロセスを変えていくか。そういった議論を経営陣と部門長クラスが一緒になって議論します。
黒川 企業内で経営陣と次世代リーダーたちが一緒になって、こうした本質的な議論することは、実はほとんどありません。だからこそ、このプログラムが非常にパワフルな効果を発揮します。
日本企業には変化を阻む壁が幾つかあり、例えば、経営幹部一人一人の理解度や優先度、リスク許容度などが異なる「経営陣の同床異夢」、同様に部門や世代によってもそうした違いやデジタルに対する経験・意識が異なる「部門を分かつ厚い壁」「世代間の闘争」などがあります。これらが絡み合って、変化を阻む企業文化となっているのです。
経営陣と次世代リーダーたちが一緒になって、部門や世代を超えてビジョンと戦略を議論することで、こうした壁が少しずつ取り払われ、変革の道筋が見えてきます。
マッキンゼー・デジタルの黒川通彦氏が講演するオンラインセミナー(2021年11月24日配信予定)「生き残るためのDXー新しい資本主義時代を生き抜く、サステナブルな価値創造企業への再生ー」の詳細はこちら
――実際にDTLEに参加した企業からは、どのような声が寄せられていますか。
片山 大きくは3つに類型化できます。1つ目は、デジタルリテラシー向上のセッションを行う中で、「今まで分からなかったことが、ようやく分かった」という声です。このセッションは、経営層と次世代リーダーを分けて行うのですが、それは部下がいると恥ずかしくて聞けないような初歩的なことでも、遠慮なく質問してもらうためです。デジタルを経営の文脈で理解できると、他社はなぜあんなことをやっているのか、部下がなぜ「これをやりたい」と言っているのか、世の中や現場で起きていることが分かるようになります。
2つ目は、それぞれの経営陣や、経営陣と次世代リーダー層などが「同床異夢だったことが分かった」という声です。先ほど黒川が述べたようにビジョンや戦略についてみんなが一緒に議論する中で、違いが見えてくる。そして、同床異夢を解消しなければ、DXは進まないということが自然と理解できます。
そして、3つ目は共に議論することによって、部門を分かつ厚い壁や世代間の闘争がなくなり、「変革のビジョンが組織全体として一つのストーリーにつながった」という声です。経営トップと一部の人たちだけでビジョンをつくったとしても、それが血の通ったストーリーになっていないと他の人たちには腹落ちしませんし、部門や世代の壁が血流を妨げていると現場には届きません。DTLEには組織のこりをほぐして、血流をよくする効果があります。
チャレンジを続ける次世代リーダーたちへ
――DTLEはDXに限らず、あらゆる変革を目指す企業に効果がありそうですね。
黒川 DXの核心は、D(デジタル)ではなくX(トランスフォーメーション)にあります。つまり、Dを取ってXだと考えれば、本質を理解しやすい。
Dが付いているから、経営トップは「IT部門にやらせておけばいい」とか、「CDO(最高デジタル責任者)を外部からスカウトして、任せればいいだろう」と思ってしまう。そうではなく、競争優位を高め、企業価値を上げるための変革なのですから、経営トップがオーナーシップを持つのが当たり前で、IT部門やCDOに丸投げすることはあり得ないことなのです。
丸投げしないために経営者にぜひお勧めしたいのは、実際にデジタルをどう使うか、使うと何ができて、何ができないかを体験していただくことです。プログラムはどう書くのか、データアナリティクスで何ができるか、AIにできることとできないことは何か。それを体験するのに多くの時間は必要ありません。でも、体験することによって経営にどう生かしていけばいいのかが見えてくるはずです。
片山 黒川が申し上げた通り、DXの核心はXであり、チェンジマネジメントと言い換えてもいい。チェンジマネジメントとは何かを端的に表しているのは、山本五十六の言葉として有名な「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」です。
デジタルを経営にどう生かせるか、経営トップも加わってテストでもいいので実際にやってみる。そして、デジタルを使って会社がどんなビジョンを達成しようとしているのかを言って聞かせる。その上で、部下にさせてみせて、チャレンジをほめる。このプロセスを無視して、部下に丸投げして、失敗したら叱る。そういうことをやっていると、変革は到底実現できません。
――では最後に、本書が主な読者と想定されている次世代リーダーへのメッセージをお願いします。
黒川 次世代リーダーの人たちは、上からは予算達成を迫られ、下からは「なぜうちの会社は変われないのか」と突き上げられるつらい立場にあるかもしれません。しかし、次世代リーダーが変革にチャレンジしなければ企業は持続可能でなくなるし、チェンジリーダーとなって自分の市場価値を高めなければ、人生100年時代に自分のキャリアプラン、ライフプランを持続可能なものにすることもできません。
ですから、立ち止まらずに、チャレンジを続けてほしい。それを一人でやれとは言いません。われわれも一緒にチャレンジしますし、社内の他部門の同僚たち、外部の人たちと横のつながりを持ちながら、共にチャレンジしてほしい。私も同世代の一人として、応援歌のつもりで本書を書きましたので、ぜひ一度手に取ってみてください。
片山 10年先のビジョンに向かって既に動き出している次世代リーダーがいることも、われわれは知っています。そういう人たちは、先進的な企業から直接話を聞いたり、社内で部門を超えて積極的に情報共有したりしています。そういうアクションを取れる人は、現在の延長に自社の未来がないことを分かっています。
今の延長ではない新しい未来に向けて動き出す人がどんどん増えないと、企業も日本社会も変われません。私自身もそういう一人でありたいと思っています。
マッキンゼー・デジタルの黒川通彦氏が講演するオンラインセミナー(2021年11月24日配信予定)「生き残るためのDXー新しい資本主義時代を生き抜く、サステナブルな価値創造企業への再生ー」の詳細はこちら







