経営陣と次世代リーダーの議論で、組織のこりをほぐす

――新しいテクノロジーやソリューションを導入することはできても、企業文化を変革するのは簡単なことではありません。

黒川 そこは、経営トップがリーダーシップを発揮するしかありません。ボトムアップでは企業文化を変革することはできません。とはいえ、トップ一人でできるものでもありませんから、他の経営陣や次世代リーダー層を巻き込む必要があります。

 それに加えて、何をやるのかという具体論が伴わないと、掛け声倒れに終わってしまいます。

マッキンゼー・デジタル
アソシエイトパートナー
片山博順氏
早稲田大学大学院理工学研究科(情報ネットワーク専攻)修了。デューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネス修了(MBA)。マイクロソフトを経て現在に至る。通信・メディア・ハイテク企業、製造業を中心に様々な業界での全社的なデジタル変革やデジタル・テクノロジーを用いた新事業創出、IT組織変革に関する豊富な経験を有する。

片山 そこでマッキンゼーでは、DTLE(Digital Transformation Leadership Essentials:デジタル変革をリードするための必須トレーニング)というプログラムを提供しています。経営層と次世代リーダー向けのトレーニングプログラムで、グローバル共通で開発したものを日本向けにアレンジしています。DXの基礎や本質を理解するだけでなく、組織をどうリードし、変革していくかにフォーカスしているのが特徴です。

黒川 大企業ですと、社長を含む経営陣と部門長クラスの総勢100人程度が参加されます。最初は、デジタルリテラシーを向上するために、クラウドとは何かといった基礎的なところから学んでいただきます。ITやデジタルの世界ではバズワードが飛び交い情報過多となっていますが、経営に当てはめて考えるとどんな意味があるのかを解説します。

 その後、海外のDX先進企業の経営幹部に会って、直接話を聞く「Go & See」というプログラムに進みます。コロナ前は参加企業から数人を海外にお連れしていましたが、今はオンラインで行っています。オンラインですと参加人数の制限がありませんので、経営陣と部門長クラス全員で先進企業の話を聞いていただいています。

 先進企業の生の声を聞くことができるのは、非常に大きいですね。「5年前は当社もデジタルを分かっていなかった」「社内の抵抗があって大変だった」といった生々しい話を聞けるので、われわれコンサルタントが語るよりはるかに説得力があります。当然、失敗談や苦労話だけでなく、どう戦略を立て、プロセスを見直し、社内を巻き込んでいったか、デジタル人材をどう育成したかといったDX実現へのロードマップについても、詳しく語ってくれます。

片山 Go & Seeで話を聞いて終わりではなく、そこで学んだことを自社に当てはめると、どんなビジョンが描けるか、それに基づいてどのような戦略を立て、プロセスを変えていくか。そういった議論を経営陣と部門長クラスが一緒になって議論します。

黒川 企業内で経営陣と次世代リーダーたちが一緒になって、こうした本質的な議論することは、実はほとんどありません。だからこそ、このプログラムが非常にパワフルな効果を発揮します。

 日本企業には変化を阻む壁が幾つかあり、例えば、経営幹部一人一人の理解度や優先度、リスク許容度などが異なる「経営陣の同床異夢」、同様に部門や世代によってもそうした違いやデジタルに対する経験・意識が異なる「部門を分かつ厚い壁」「世代間の闘争」などがあります。これらが絡み合って、変化を阻む企業文化となっているのです。

 経営陣と次世代リーダーたちが一緒になって、部門や世代を超えてビジョンと戦略を議論することで、こうした壁が少しずつ取り払われ、変革の道筋が見えてきます。

マッキンゼー・デジタルの黒川通彦氏が講演するオンラインセミナー(2021年11月24日配信予定)「生き残るためのDXー新しい資本主義時代を生き抜く、サステナブルな価値創造企業への再生ー」の詳細はこちら

――実際にDTLEに参加した企業からは、どのような声が寄せられていますか。

片山 大きくは3つに類型化できます。1つ目は、デジタルリテラシー向上のセッションを行う中で、「今まで分からなかったことが、ようやく分かった」という声です。このセッションは、経営層と次世代リーダーを分けて行うのですが、それは部下がいると恥ずかしくて聞けないような初歩的なことでも、遠慮なく質問してもらうためです。デジタルを経営の文脈で理解できると、他社はなぜあんなことをやっているのか、部下がなぜ「これをやりたい」と言っているのか、世の中や現場で起きていることが分かるようになります。

 2つ目は、それぞれの経営陣や、経営陣と次世代リーダー層などが「同床異夢だったことが分かった」という声です。先ほど黒川が述べたようにビジョンや戦略についてみんなが一緒に議論する中で、違いが見えてくる。そして、同床異夢を解消しなければ、DXは進まないということが自然と理解できます。

 そして、3つ目は共に議論することによって、部門を分かつ厚い壁や世代間の闘争がなくなり、「変革のビジョンが組織全体として一つのストーリーにつながった」という声です。経営トップと一部の人たちだけでビジョンをつくったとしても、それが血の通ったストーリーになっていないと他の人たちには腹落ちしませんし、部門や世代の壁が血流を妨げていると現場には届きません。DTLEには組織のこりをほぐして、血流をよくする効果があります。