「大谷翔平選手等のような遺伝子を持つ人たちの配偶者は、国家がプロジェクトとして選定すべきである」という、ある有名人の発言が大問題になったことがあった。この発言には、人間の性格や体質、能力は生まれ持った遺伝子によって決定するという前提と、「完全と思われる」遺伝子を残して「すごい人間を作ろう」という利己的な欲望が見られる。
だが、私たちの人生は遺伝子によって生まれた時から決まっているのだろうか。
遺伝子が人の気質や体質、生き方や考え方を決めるのではなく、遺伝子に「タグ」をつけることで、スイッチのように切り替えができる──と語るのは、薬学者で科学評論家の生田哲(いくた・さとし)氏だ。このメカニズムを利用すれば、現在社会問題にもなっているうつ病や依存症も解決できるのではないかと提案する。『遺伝子のスイッチ:何気ないその行動があなたの遺伝子の働きを変える』 を上梓した生田氏に話を聞いた。(聞き手:加藤葵 シード・プランニング研究員)
※記事の最後に生田哲氏の動画インタビューがありますので是非ご覧ください。
──本書を書こうと思った理由を教えてください。
生田哲氏(以下、生田):現在は遺伝子の重要性があまりにも過度に強調され過ぎています。
バクテリアからネズミやサル、人間などの哺乳類まで、地球に住むすべての生き物は細胞からできています。その細胞はタンパク質でできていて、タンパク質はアミノ酸の羅列でできています。そのアミノ酸を決定するのが遺伝子ですから、遺伝子が重要だということは間違いありません。
しかし、人間の能力や考え方、生き方が遺伝子によって決まっている、または遺伝子検査を受ければこのようなことが分かると思われている、ということは非常に問題があります。
本書ではエピジェネティクスを根拠に、薬物依存やアルコール依存、食べ物への依存やうつは、その人の意志が弱いから起こるのではなく、子供の頃からの育ち方や生活習慣が強く影響しているということを説明しました。
──人間の能力や考え方、生き方は遺伝子によって決まっているわけではない。遺伝子の働きは、食事や運動などの生活習慣や読む本、付き合う人などの環境的要因によって変わる。そして、遺伝子の働きを変える仕組み、すなわち、遺伝子を使う(オン)にしたり、遺伝子を使わない(オフ)にしたりというスイッチがあることが分かった。このスイッチによって人の能力や考え方、生き方がどう変化していくかを研究するのが「エピジェネティクス」という学問分野である、と本書の冒頭に書かれています。
生田:遺伝子は、細胞がどのようなタンパク質を作るか指令する情報です。遺伝子が働いて細胞がタンパク質を作ることを、遺伝子を使う(オンにする)と言っています。逆に遺伝子が働かずタンパク質が作られないことを、遺伝子を使わない(オフにする)と言っています。この遺伝子の働きのスイッチのメカニズムを研究するのがエピジェネティクスです。
バクテリアもラットも人間も、あらゆる遺伝子はオンになったり、オフになったりします。