放送作家はマネーの達人!?

 テレビ、ラジオ、動画配信も含めてあらゆる番組の脚本・台本を書いている放送作家が700人以上集結する日本放送作家協会がお送りするリレーエッセイ。ヒット番組を書きまくっている売れっ子作家、放送業界の歩く生き字引のような重鎮作家、今後の活躍が期待される新人作家と顔ぶれも多彩、得意ジャンルもドラマ、ドキュメンタリー、情報、バラエティ、お笑いなどなど多様性に富んで、放送媒体に留まらず、映画、演劇、小説、作詞……と活躍のフィールドも果てしなく!
 それだけに、同じ職業とは思えないマネーライフも十人十色! ただ、崖っぷちから這い上がる力は、共通してタダもんじゃないぞと。この生きにくい受難の時代にひょうひょうと生き抜く放送作家たちの処世術は、きっとみなさんのお役に立つかも~!
 連載第5回は『ディア・ペイシェント〜絆のカルテ〜』などでおなじみの脚本家、荒井修子さん。

「このシーンの雨、ほんとに必要?」

荒井修子荒井修子
放送作家、日本放送作家協会理事

 「このシーン、雨が降ってたほうがいいかも。いや、その雨、ほんとに必要?」。ご依頼をいただいて脚本を書く時、雨のシーンを書いていいものかちょっと考えます。

 ドラマ好きの方はご存じの方も多いと思いますが、ドラマで雨が降っているシーンは偶然、雨が降っているのではなく、スタッフさんが“雨を降らせて”くださっています。そして、その雨はタダじゃない。降らすにはお金がかかります。

 「必要なら降らせばいいんじゃない?」というのは仰る通りで、例えば、雨が降っていることが殺人トリックのアリバイ崩しに必要だったり、そういう「絶対マスト」ということなら、迷わず「雨が降っている」というト書きなのですが、雨が降っていたほうが主人公のつらい思いが際立つのではといった、「マストじゃないけど、あったほうがいいシーンになるのでは?」というような場合は、一旦、「うーん」となるのです。

 結局、打ち合わせでご相談させていただいて、「ここ、雨はどうですか?」「いいですね」となる時もあったり、「ここはなくてもいいんじゃないですか」となる時もあったり。でも、書く段階では、一旦、考えてしまうのです。

 どうして、雨に私が立ち止まるのか。それは、私の社会人デビューがバラエティー番組のAD(アシスタントディレクター)さんだったからかもしれません。当時、雨の場面、プールに入る場面など番組内で出演者さんが水に濡れる場面があると、普段の撮影より緊張感がありました。出演者さんも水に濡れるのは負担になりますし、衣装・ヘアメイクの関係もあり何度もやり直せない一発勝負になることも。

 右も左もわからない新人ADだった私も、水に濡れた出演者さんやスタッフさんに体を拭いてもらうためのバスタオルやサンダルを抱え、固唾をのんで控えていました。

 その印象が残っているからか私は雨のシーンを書く時、「この雨、本当に必要か?」と、一瞬、考えるのかもしれません。ということで、今回はちょっと「ドラマとお金」のお話をさせてください。

雨の風景打ち合わせで、「ここは雨じゃなくてもいいのでは?」となるときも

「お金がない!」を、何とかするには?

 面白いドラマを作ろうとしたらお金がかかる、でも、予算には限りがある。予算をやりくりして、ドラマ作りのお金を管理してくださるのがプロデューサーさんです。プロデューサーというと内容を決めたり、キャスティングをしたりという印象のほうが強いかもしれませんが、知識と経験で「何にどのくらいお金がかかるか」を熟知して全体を指揮するドラマにおけるお金の専門家です。予算という枠組みがある中で、一番、面白くなるようにドラマに関わるすべての人が協力し合ってドラマが作られていきます。

 まだ、脚本のお仕事を始めたばかりの頃ですが、連続ドラマの中盤に「予算やスケジュールの関係でこの先の話は、ロケには出られません。今あるセット中心で展開する話を作ってください」と、プロデューサーさんから伝えられたことがありました。

 それを聞いた時は、「大丈夫かな?」と思いましたが、実際、書き進めてみると、「ロケに出られない」という制約が良いように働いたのか、その後の台本の評判は上々で、「むしろ制約があったので勢いが出て面白かったんじゃないのか」「ロケに出てないの気づかなかった」というご意見も。

 「制約が出たら、それを楽しむつもりで取り組めば何とかなる」と、ちょっと度胸がついた経験でした。ドラマの現場に限らず、「お金がない」という状況を逆手に取って楽しむというのは、日常生活を豊かにするためにも役立つ考えかもしれませんね。

 制作費に関わることだけではなく、ドラマの登場人物設定などに関してもお金の存在は重要で、「この人は、どういう家庭に育ったのか。お金持ちか、そうではないのか。どんな仕事をして、いくら稼いで暮らしているのか」そういった人物の情報を整理していくことで、キャラクターが掘り下げられていきます。

 世の中、お金がすべてではない。でも、生きていくにはお金がいる。お金は、良くも悪くも人の価値観に影響を与えるものだからこそ、その人がお金をどう扱うか、お金にどういう考えを持っているかは、その人の人生に大きな影響を及ぼすのかもしれません。ドラマの主人公もまた、お金とどのように関わっていくかで魅力を増していくのだと思います。

 そして、冒頭の雨の話には、もうひとつエピソードが。ある番組で、「ここ雨かな」と思ったものの「やっぱりやめよう」と台本にも書かず、打ち合わせでも相談させていただかなかったシーンがありました。しばらくして、完成品のDVDが届き、それを観て「あっ!」と、思いました。そのシーンで監督が、雨が降る演出をしてくださっていたからです。「やっぱり、雨でしたか」――私はなんだか嬉しい気持ちになりました。

 次回は矢野了平さんへ、バトンタッチ!

 一般社団法人 日本放送作家協会
 放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイズ」などさまざまな事業の運営を担う。