本質的な「打ち手」とは

 これら課題・根本原因に対して、A社では4つのうち手を実施しています(ITを除くと大きく3つ)。

 1つ目は制度・規程の見直しです。特に申請数が多く対応に時間を取られているものから優先的に“規程の簡素化”に着手しました。具体的には、通勤費関連、異動関連(特に、転居をともなうケース)、勤務形態に関わる手当などの細かな規程を見直し、ケースの大括り化によるシンプル化を実行しました。

 2つ目は人事組織構造の見直し、具体的には事業所人事の廃止とそれに伴うプロセス見直しです。A社の狙いでもあった“フロントへの人材再配置”のために最も有効な打ち手であったため、成功例を作りながら着実かつ段階的に全事業所に展開してくアプローチをとり進めていきました。

 3つ目は真のセルフ化の実現です。ここで言う「真のセルフ化」とは、単純に従業員がセルフ入力し上長が承認するというシステムソリューションだけを指すのではなく、「人事任せ・人事への甘え」を排除する従業員の意識改革でもありました。入力者・承認者がその情報を入力・承認する意味・責任、つまりはこれらの情報がどのようなアウトプットにつながるのか、間違いや手戻りが起こることによってどんな悪影響があるのか、を理解してもらう地道な草の根活動から始めました。

 例えば残業手当、深夜・休日勤務手当などにつながる勤務実績の入力は正しい情報をタイムリーにインプットしないと、最終的には財務諸表の間違いにつながるだけでなく、企業としてのコンプライアンス意識を疑われ風評被害にもつながりかねません。一人ひとりの情報入力が企業の財務諸表や風評を形成している、その重要性・影響を伝えることから始め、繰り返し従業員とのコミュニケーションを続けることにより、徐々に人事への甘えは解消されてきたようです。

 また、これら「3つの打ち手」と並行して、従業員向けポータルサイトやFAQの見直し・充実化や、チャットボットによる問い合わせ対応も実現しています。

 これまでの“従業員サービス品質”は「手取り足取り従業員をサポートして満足してもらうこと」でしたが、「従業員自らが適時適切にアクションするために、しかるべき情報・ツールを提供すること」に変わりました。A社ではBPRを通じて、従業員のみならず人事部員のマインドにも変革が起きたようです。

HR BPR=HR Transformation

 近年では「DX」という言葉が浸透していることからもわかる通り、RPAやAIの活用は業務改革の大前提であり、私も活用については大賛成です。さまざまな有効なアプリケーション・AIエンジンの進化も目ざましく、これらの先進的なツールをうまく使うことは必須の取り組みでしょう。

 しかし、一方でこれら「HRテクノロジーを導入すること」が目的になっていないか? という点に懸念を抱いています。これらは使い方を間違えると、効率化どころか余計な工数が増えることにもなる諸刃の剣となります。冒頭の悲痛な声は、“現行のまま細かな通勤費規程の全てを自動化することを追求しすぎた”ため、結果として野良ロボを生み出してしまったといえるでしょう。プロセス全体・それを形成する制度・規定にまで踏み込んだシンプル化を実現しないと、HRテクノロジーを使いこなすことは難しいといえます。

 冒頭でも触れた特徴を持つ人事業務においては、細切れの作業ステップに着目しBPRを進めるのではなく、制度・規程の見直しや組織・文化(人事部員・従業員のマインドセット)の変革にまで踏み込んだ抜本的な改革を実行していくこと、つまり「Transformationに取り組むこと」こそが「HR BPRの本質」ではないでしょうか。

著者プロフィール

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープル・アドバイザリー・サービス アソシエートパートナー
植田 順

外資系コンサルティングファームを経て、現職。組織/人事・人材コンサルティングにおいて20年以上の経験を有する。特に人事業務BPR、シェアード・BPOに関する分野では、製造業、小売業、製薬業、サービス業など業界を問わずさまざまなクライアントに対し、構想策定から導入・定着フォローアップまで幅広いプロジェクトをリードしてきた経験を有する。

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