2021年の日経平均株価は好スタートを切り、約30年ぶりの高値を記録しています。株式市場はこのまま上昇を続けるのか、それとも調整局面の訪れが近いのか。エコノミストのエミン・ユルマズさんは後者の見解に立ちます。その理由と有効な投資戦略について聞きました。(取材:1月20日)
バイデン大統領の誕生で米国の政策が180度変わる
──2021年に入っても、株式市場は絶好調ですね。
エミンさん 1月20日にジョー・バイデン氏が第46代米国大統領に就任しました。米国株式市場が上昇している背景には、バイデン氏への期待があるのでしょう。ジョージア州の上院決選投票の結果、民主党が大統領選と上下両院を制する「トリプルブルー」が実現しました。1人あたり1400ドルの現金配布を含む1.9兆ドルの追加経済対策などに対し、市場はポジティブに反応しています。
一方で、これらの材料はすでに織り込まれているとも考えられます。重要なポイントは、バイデン大統領の誕生は、米国の経済政策の大きな転換点になりうるということです。
──バイデン大統領になるとどう変わるのでしょうか?
エミンさん 1980年代のレーガン政権の時代から約40年間、米国は規制緩和や法人減税などの政策を進めてきました。これらは供給面からの経済刺激を図る、サプライサイド経済学に基づくものです。ところが、実際にはそこで生まれた資金は消費に回らず、株式市場に流れるだけでした。それが昨今のアセットバブルの正体であり、貧富の格差を広げる要因にもなっています。
この格差を是正しようというのがバイデン氏の政策です。富裕層への増税や最低賃金の引上げを通じて、中間層・労働者の購買力を高め、消費拡大による経済活性化を目指す。すなわちデマンドサイド経済学への転換であり、米国の政策が180度変わると言っても過言ではありません。米国経済にとって良いか悪いかはさておき、株式市場にとってネガティブであることは間違いないでしょう。
──企業などの供給側を強くするのではなく、需要側、つまり消費者を強化するのですね。
エミンさん 例えば、バイデン氏は最低賃金を現在の2倍となる時給15ドルまで引き上げることを主張しています。これによって何が起きるかというと、インフレです。インフレ圧力がかかれば、FRB(連邦準備制度理事会)はこれまで株高を支えてきた量的緩和の縮小を検討せざるを得なくなるでしょう。また、1.9兆ドルの追加経済対策が実現すれば、財政赤字への懸念は高まります。すでに長期金利は上がりつつあり、これも株式市場にはネガティブです。
つまり、現在の株式市場は良い材料にしか目を向けていないのです。トランプ前大統領は株価への意識が非常に高く、株式市場の下落があればすかさずフォローを入れ、火消しに走ることもよくありました。しかし、バイデン氏はそれほど株価を気にしないでしょう。キャピタルゲイン課税の引き上げにも言及しており、今の市場はあまりに楽観的過ぎるように感じます。
米国株式市場をけん引してきたGAFAが失速気味
──エミンさんは、Twitterなどでも株式市場の調整は近いと主張されています。
エミンさん 足元ではテスラとビットコインが同じ値動きをしています。普通ではありえないことです。私は、これを個人投資家のリスクセンチメントを表す指標だと思っています。個人投資家のオプション取引が急激に増えていること、1ドル以下で買えるハイリスクな「ペニーストック」が人気を集めていることも危険な兆候です。今後起こりうる調整によって個人投資家が多大な損失を被ることを懸念しています。
さらに大きなリスクは、インフレと金利上昇です。これまで急上昇してきたグロース株のバリュエーション(企業価値評価)を正当化できなくなり、値崩れする可能性が高いでしょう。
すでにグロース株の筆頭であるGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の株価は上昇の勢いが鈍ってきており、2020年7月以降はNASDAQをアンダーパフォームしています。これまで市場を引っ張ってきたエンジンが失速しているのは、どこかの大きな投資家がもう抜けているからと考えられます。同様のことは、2000年に起きたITバブル崩壊の1年前にもありました。NASDAQ自体が崩れる前に、当時の大手IT企業から資金が抜け始めていたのです。市場を牽引する大型株は指数に先んじてアンダーパフォームする傾向があり、今回も警戒すべきだと思います。