世界基準のジョブ型評価制度に追いつかないと、外資系企業に勝ち目はない

中野:Yさんは転職支援の観点から、理系人材がやりがいを持つために、日本企業や人事部はどうするべきだと思いますか?

Y:私は、根本的に評価制度が問題だと考えています。外資系はいわゆる「ジョブ型」雇用のため、予め決められたKPIを達成するかどうかによって年収が上下し、成績次第ではリストラ対象になることもあります。残酷ですが、ある意味わかりやすい仕組みです。あなたはこういう実績を残せば、こうしたキャリアが待っています、という結果がはっきりしているんです。社内のどのジョブに応募するのか、このまま留まるのかも出入り自由ですしね。サバイバルが必要な一方で、公明正大な評価制度に対して報酬もついてくる。日本企業も同じような仕組みを採用し、活躍するために成長する、成長しなければ切り捨てられる、という世界標準に追いつくことが必要だと考えています。

なぜなら、現状のままだと日本でいくら理系人材を輩出しても、報酬面で全部外資にとられてしまうからです。最近はLINEや楽天、ZOZOなどの先進的な会社で、新卒でも年収1,000万円という理系のスペシャリスト採用枠を打ち出してきています。そういった流れがもっと広まれば、日本企業でも理系人材が活躍できるようになるはずですよね。

杉山:求人を紹介する立場から、報酬以外ではどんな制度や仕組みがあれば、もっと理系人材に求人に興味を持ってもらえそうですか?

Y:ここまでお話に出てきた社内公募制度や、最近の流行りであるフルフレックス、リモートワークなどの自由度はもちろん重要な要素です。でも、本当に重要なことは他にもあります。求職者に求人を紹介して意思決定に至るのは、実はその会社に理系の人が惚れ込む技術があるか、惚れ込むビジョンがあるのか、惚れ込むジョブがあるのか、といった要素です。制度は重要ですが、十分条件にしかすぎません。

日系企業の求人票の問題点は、「ジョブディスクリプション」が明確な外資系と比べて、記述があいまいなことです。含みを持たせるのではなく、もっと割り切って大胆に仕事内容を伝えていく方が、求人紹介する我々としても伝えやすいですし、求職者にも理解されやすいと思います。

ここで一つ注意したいのが、仕事の面白さは会社が提供するものではない、ということです。会社は単なる枠でしかありません。会社という「場」をどう活かすかは、本人次第の部分も大きいですよね。なので、企業側としては「こんな仕事がありますよ」、「うちの会社はこんな『場』ですよ」、というのを定義づけして発信していくことが重要なのではないでしょうか。

:自戒を込めての発言になりますが、自社がどんな会社なのかを定義せずに発信している会社は意外と多いですよね。

Y:発信していくときに必要なのが、他社に比べてわが社は何が強いのか、何ができるのか、という「コアコンピタンス」が会社として定義されていることです。それが定義されていれば、入社する理由付けになったり、働き続けることへのモチベーションになったりしますよね。自社のコアコンピタンスを明文化する、時代に合わせて見直し発信している、そういった企業は本当に強いです。「この会社といえばこれ」というメッセージがあったうえで、そのメッセージが技術にまで反映されていることは、採用にも雇用の維持にもとても重要だと思います。

中野:発信するという観点は、中編で三好さんもお話していましたよね。エンジニアを束ねるCTOの立場から、発信についてどう思いますか?

三好:理系人材がもっと、どんどん前に出ていくことが必要でしょう。これからの時代は、会社を見て入社するのではなく、会社にいる人や面接官を見て入社するケースが増えてくると思われます。理系で活躍する有名人が増えてくると、その人のもとで働きたいという気持ちも生まれるはずです。ですから、活躍する理系人材が発信し、表現していくことの重要性が、これから間違いなく高まるでしょう。また、理系人材も、会社に頼らず自分を大きく見せていくことが必要です。逆説的ですが、強い「個」が会社の枠を超えて発信することを、会社が支援していく必要があります。そうしなければ、これからの時代は事業継続が難しくなってくると考えています。まずは社内Meetupやライトニングトークなどの場を、会社が設定していってもいいと思います。

中野:会社としても、個人の活動を支援していくべきということですね。経営側が伝えるメッセージや理系人材からの発信など、会社としての発信力が総合的に高まれば、採用も雇用維持もうまくいきそうですね。

奇抜な人ほど優秀? 真のスペシャリストを見極めるために重要なこと

中野:そろそろ座談会も終わりですが、最後に「コレは言っておきたい!」という方がいらっしゃればお願いします。

Y:日本はもっと「理系らしい理系」を育てるべきだと思います。発信力が高いことも重要ですが、反対にしゃべれなくてもいいので「これだけは強い」、「この技術はこの人にしかできない」という理系人材がいてもいいはずです。大学院でそれができる環境があれば、海外のように「あなたの技術力に対してこれだけの報酬を払います」というオファーにつながるのではないかと思います。

:私も教育は大事だと思います。日本には「なんでも平均点」という文化がありますが、とことん好きなことを究めて、「それだけができればOK」という興味関心を伸ばす教育をしていかないと、スペシャリストはなかなか育たないですよね。

三好:スペシャリストを育てるために、簡単に卒業できる日本の大学の仕組みを変える方法はアリだと思います。日本の大学は入学が難しくて卒業が簡単なので、大学に入ったら遊んじゃう。もっと卒業を厳しくして、自分が何をすべきかを学生に考えさせる仕組みは必要なんじゃないでしょうか。

中野:教育制度を変えていくためには、ひょっとすると企業側から働きかけていかないといけないのかもしれません。例えばインターンシップをどんどん提供して、学生を育てていくことも必要でしょう。

本田:そうですよね。私も経営者として、企業は大学生のうちから授業への協力やインターンシップなどを通じて、理系人材を育てていくべきだと思います。

杉山:一般的に、日本はスペシャリスト育てるのが苦手ですよね。私自身もエンジニアとして本当に優秀な人を採用したいと思う一方で、優秀な人材かどうかを判断するのは本当に難しい。遅刻する、返信がこない、ビジネスマナーがなっていない人が、実は優秀である場合もあります。本人が本当に将来、秀でたスペシャリストになれるかどうかの判断は、かなり難しいです。

そうなると、多少のビジネスマナーには目をつむって、インターンシップのうちから「スペシャリストになれる人材かどうか」を見極める取り組みが特に重要になってきます。このような取り組みを、ITやメーカーを問わずにやっていかないと、本当に優秀なスペシャリストを採用する流れにはなっていかないと思います。

情報があふれる現代では、ビジネスマナーを守るような「良い子」のふりをするのは簡単です。ですから、見かけではなく本当に優秀な人材を見つけ出してきちんと評価して、会社の利益につなげることは、これからの時代にとても重要な取り組みですよね。でもそれは本当に難しいことなので、現在は誰もできていないんじゃないかと思います。

中野:面接では、第一印象がいいとか、ビジネスマナーがきちんとしているという部分が大きく評価されますよね。大企業だと、印象が悪ければ落としてしまうことがよくあります。本当に能力があるかどうかを見極めていくのは大事ですよね。Yさんはいつも様々な求職者とお会いすると思いますが、本当に優秀な人を見極めるにはどうしたらいいでしょうか?

Y:IT業界は、わりとわかりやすいですよね。エンジニアの方が使える技術、関わってきたサービスや会社のフェーズによって、だいぶ分かる部分があります。たとえ本人はコミュニケーションが得意ではなくても、そういった実績で判断できることはよくあります。逆にメーカーは難しいです。どうやって見極めているのかを聞いてみたいです。

:メーカーでは院卒を採用する場合、例えば指導教授の評価などでしか能力を判断できないですよね。「能力をどう見極めるか」という問題の背景には、社員を辞めさせることができない日本企業の難しさがあると思います。外資系だと1年間インターンシップをして実力を見極めてから採用するパターンもありますし、パフォーマンスが出せなければ「会社を辞めてください」と言うこともできますよね。でも日本企業は辞めてくださいとは言えないので、いきなり「年収1,000万円あげます!」という思い切った施策もしづらいのが本音ではないでしょうか。

「社会常識はないけれど専門性の高い奇抜な人」を雇いづらいのも、何か問題があった時に人事として「辞めてください」とは言えないからですよね。そうなると、どうしても安全圏で無難な人を採用してしまいます。IT企業では多少、社会常識がなくてもパフォーマンスが出ていればOKな雰囲気がありますが、メーカーでは就業規則厳守の会社が多いから、異質な人を扱うことができない。だから採用の中で異質な人は落とされてしまい、最終的に内定が出るのは無難な人、という結果になっている気がします。

中野:このお話、すごく本質的ですよね。辞めさせることができないから、結局無難な人しか採用できないというのは、日本企業ならではのジレンマなのかもしれません。

今日は普段はなかなか聞くことができない現場視点でのお話を、みなさんにお伺いすることができました。本当に様々なキーワードが出ましたね。ITとメーカー、日本企業と外資系企業では大きな隔たりや違いがあることがよくわかりました。逆に、大企業とベンチャーの境目がだんだんとなくなってきていて、時代の流れを感じます。

IT系企業と比べると、メーカーはかなり遅れていることも判明しました。日本の伝統的なメーカーは、こうしたIT企業や外資系企業を見習っていかないと、これからどんどん理系人材を確保することが難しくなりそうです。日本企業は、副業やジョブ型、成果に連動した報酬制度、出入り自由な雇用制度といった新たな人事制度を構築しつつ、理系人材を学生のうちから育てていくべきでしょう。理系人材を確実に確保するためにも、われわれ人事部は、こうした人事制度改革や新しい働き方の導入に本気で取り組んでいかなければなりませんね。大変勉強になりました。本日はみなさん、どうもありがとうございました。

著者プロフィール

中野 在人

大手上場メーカーの現役人事担当者。

新卒で国内最大手CATV事業統括会社(株)ジュピターテレコムに入社後、現場経験を経て人事部にて企業理念の策定と推進に携わる。その後、大手上場中堅メーカーの企業理念推進室にて企業理念推進を経験し、人材開発のプロフェッショナルファームである(株)セルムに入社。日本を代表する大手企業のインナーブランディング支援や人材開発支援を行った。現在は某メーカーの人事担当者として日々人事の仕事に汗をかいている。

立命館大学国際関係学部卒業、中央大学ビジネススクール(MBA)修了。

個人で転職メディア「転キャリ」を運営中 http://careeruptenshoku.com/
他に不定期更新で人事系ブログも運営。http://hrgate.jp/