経営者、人事担当者、エンジニア、転職エージェントが「理系人材のやりがい」について語る座談会も、いよいよ最終回です。前回の中編では、「理系人材がやりがいを感じられるのは大企業かベンチャー企業か」、「日本企業で活躍する理系人材を増やすために必要な2つのキーワード」などについてお届けしました。そして今回の後編では、「日本で活躍する理系人材を輩出するために、企業や人事部が変わっていかなければいけないこと」を中心に、みなさんに忌憚なく意見を交わしていただきました。企業として、人事として、上司として、エンジニア本人としての今後の課題が浮き彫りになっており、必読です。(全3回)。
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【ゲスト】
●本田 英貴 氏
働く人のやりがいをテクノロジーで支援するベンチャー企業、株式会社KAKEAIのCEO。リクルートで人事部を経験後、上司と部下との関係性向上に課題意識を持ち起業。自社でも、CEOとしてエンジニアが働きやすい職場づくりを行っている。
●三好 隼人 氏
おやつのサブスクリプションサービスを提供する、株式会社スナックミーのCTO。自身もエンジニアでありながら、経営サイドでエンジニアのマネジメントを行う。
●森 麻子 氏
人事のプロ。小売店、IT企業、メーカーで、人材開発・人事企画など、幅広い領域を経験している。現在は財閥系大手メーカーの人事部門に在籍。
●杉山 英一 氏
BtoB向けのシステム開発を行う、ITエンジニアとして活躍中。自ら会社を経営する。高い専門性を持ちながら、サービスづくりやマーケティングなど、幅広いビジネス分野にもチャレンジしている。
●Y 氏
ITエンジニアの転職事情に詳しいヘッドハンター。主にIT系人材の採用・転職支援を行う。今回は匿名での参加。
【ファシリテーター】
●中野 在人
座談会のファシリテーターと執筆を担当。大手上場メーカーの現役人事として培った経験や知見を交えつつ、中立な視点で場を仕切る。

日本企業はビジョンやメッセージを具体化して、理系人材に共有すべき

中野:中編では、「やりがいをもって働く理系人材を増やすにはどうすればいいのか」をテーマにお話ししてきました。私が特に印象に残ったのが次の3つのお話です。1つ目は、理系は専門性を高めながらも、仕事の幅を広げようというお話。2つ目は、理系はコミュニケーション力を磨いてもっと発信力を高めるべきだというお話。3つ目は、理系を増やすにはもっと「ロマン」を持てるようにするべきだというお話でした。

終盤のお題として、みなさんに日本企業とその人事部に対して、提言を行っていただきたいと思います。日本企業で活躍する理系人材を増やしていくために、会社や人事部は率直にどうするべきなのでしょうか?

杉山:重要なのは、会社がエンジニアに対して、もっとビジョンやミッション、目的といった抽象的な内容も話すことだと思います。ITや技術の世界では、どうやってプログラミングするか、どうやって設計するかという「How」の話になりがちです。しかしそうではなく、会社がいまどのようなことを考えていて、なんのためにサービスをつくっていて、そのためにはこの機能やあの機能をつくらなければいけなくて、こうした機能をつくるとユーザーはこんな風に喜ぶんだ、というコミュニケーションをもっとするべきです。そうすることで、エンジニア本人にとってはつまらない開発をしていても、「ユーザーのために頑張ろう」という気持ちが芽生えるはずなんですよね。

ですから、背景や目的、顧客ニーズといった抽象的な話を、実際のサービス開発や、コードを書く、キーボードを打つという具体的なレベルにまで落とし込むことが、会社やマネジメント側の役割だと思います。

中野:たしかに「エンジニアなんだから、とりあえず製品をつくれ」といった話はありそうですよね。

杉山:例えばメルカリなどの成長しているベンチャー企業では、「こういう世界観つくろう」というビジョンを、実際のサービスに落とし込めているんじゃないかと思います。そういった共感できる「抽象的なこと」を、「具体的に」説明できれば、採用にしてもマネジメントにしても、非常にいいですよね。

中野:いまのお話をお聞きして、採用の時、人事として理系学生や応募者にそこまで具体的なお話ができてないことに危機感をおぼえました。CTOである三好さんは、抽象的なことを具体化にすることについて、普段から何か取り組まれていますか?

三好:会社として何か新たにやるべき方向性があるなら、社員に対しては事前に、経営陣として具体的にやることを伝えるようにしています。予め伝えておくことで、いざ動くとなった場合、目標値に対してどうギャップを埋められるかを早く判断できるようになります。サービス開発の場面では、経営陣は「1」つくればいいと考えていたことに対して、実は「100」作らなければならなかった、ということがよくあります。そのため経営陣と社員に対して、「会社が目指す目標」と「現実のギャップ」を埋められるようにすることが、CTOの役割なのかなと思います。

中野:本田さんは、つくりたいものや売上目標をエンジニアの方に理解してもらうことに対して、経営者として難しさを感じることはありますか?

本田:わからないことに対して、逃げないようにすることが経営者として大事な姿勢だと考えています。経営側として、わからないから考えるのをやめる、というのは最も避けたいことですね。わからないけどうまくいっている。でも何がうまくいっているのかわからない。こうした「わからない」ことを排除していけば、どこを変えられるかがわかってきます。エンジニアが話していることも、実は技術のことではなく、単純に簡単な話で解決することもよくあります。まずは理解する姿勢を持つことが、会社として工夫するポイントだと思います。

中野:ひょっとすると文系出身の経営者は、技術のことがわからないからエンジニアの方とコミュニケーションをとれず、抽象的な内容を具体化することができずに悩んでいるのかもしれませんね。

本田:先ほど杉山さんから目的(抽象的なこと)を手段(具体的なレベル)に落とし込むという話がありましたよね。私は、手段だけではなく目的から任せることも、働く人のやりがいにつながると考えています。目的を一緒に考えることで、ビジネスをどうつくるか、ということも自然と考えられるようになります。そうすると、目的を通じて経営者と理系社員の会話ができるようになっていくはずです。

実は手段のレベルは、経営者もよく分かっていないことが度々あるんですよね。だから、思い切って目的から考えさせてみる。エンジニアだからどうせ分からないでしょ、ではなく、まず任せてみる。大企業のように余裕がある会社であればあるほど、任せることはできるはずです。

私は企業のやりがいづくりを支援する会社の経営者として、様々な企業を見てきました。理系人材が活躍している会社は、やはり思い切ってエンジニアにいろいろと任せています。そして、経営者も管理職も、任せる側のマネジメントがすごくうまくいっているな、と感じますね。

:すごく重要なお話ですね。日本の大企業がなかなかできていない部分だなと思いつつ、私が以前在籍していた大手IT企業では、エンジニアにキャリアの選択肢を与えていたことを思い出しました。

その会社では、事業によってステージが違うんです。立ち上げフェーズの事業もあれば、成熟した事業もあります。前編で三好さんがおっしゃっていた「理系のやりがい」のお話にも通じますが、事業によって、求められるものも0→1なのか1→100なのかが変わってきますよね。ですから社員が、自分自身が何に向いているかを判断したうえで、公募制で選べる仕組みを採用していました。

理系人材は文系人材と比べると、やりたいことが明確な人が多いんですよね。具体的にこんなスキルを身に着けたい、こんなことを学びたいといったように、キャリア志向がはっきりしています。ですから人事としては、その志向をしっかりと聞き、公募などにチャレンジするチャンスもあげていました。こんなふうに、最近のIT企業であれば、単に会社に所属するのではなく、会社を働く「場」として提供するための様々な工夫を行っていると思います。

中野:IT企業は働き方がすごく進んでいて、取り組みも大変参考になります。会社を単なる職場にするのではなく、働く人それぞれの自己実現ができる「場」として開放しているんですね。

:はい。そして、そうした機会の提供だけでなく、例えば会社に所属しながら、無償でベンチャー企業のCTOをやっています、という人も在籍していました。やりがいを会社には求められなくても、安定的な収入を得ながら外に確保する、というやり方もできるんです。

中野:やりがいは外に求める、斬新な発想ですね。逆説的ですが、会社としては離職を防ぐ手段にもなりそうです。森さんはメーカーの人事経験もお持ちですが、いわゆるものづくり系の古き良き日本企業で、理系人材がやりがいをもって働くにはどうすればいいと思いますか?

:日本的なものづくり系メーカーには、IT企業のように理系人材のキャリア志向を叶える仕組みは少ないように思います。私もこうしたメーカーで、IT企業のように思い切ってエンジニアに任せることができるのかは疑問です。ものづくりの現場には、そういった柔軟性を持たせられない現実もありますから。

そのような状況の中、副業や嘱託社員のような形式でエンジニアを共有していくことが、人材不足を埋めつつ本人のやりがいも実現できる一つの方法なのかな、とは思います。これまでの終身雇用制とは異なる、出入り自由な人事制度に組み換えていくことは、伝統的なメーカーでもできるのではないでしょうか。

中野:IT企業と比べると、日本企業のメーカーはかなり遅れている印象ですよね。そもそもメーカーではIT化が進んでおらず、新しい考え方を受け入れる姿勢がまだまだ十分ではない、と私も感じます。メーカーでも、新しい働き方を制度化していきたいですよね。