毎月、決まった残業代を支給する「固定残業代制」。労務管理の簡略化といった目的のために本制度を採用している企業も多いようだが、昨今、「固定残業代制」をめぐる労務トラブルが絶えないという。果たして、「固定残業代制」は何が問題なのだろうか。

そもそも「固定残業代制」とは

 本来、残業代は「実際に業務を行った残業時間数」に応じて支払われるものである。20時間の残業を行えば「20時間分の残業代」、30時間の残業を行えば「30時間分の残業代」が支払われるのが、一般的な仕組みである。

 これに対して、「固定残業代制」とは、「毎月、決まった金額の残業代を固定的に支払う手法」である。つまり、残業時間が20時間でも、30時間でも、あらかじめ定められた一定の金額が残業代として支払われる。そのため、「定額残業代制」や「みなし残業代制」などと呼ばれることもある。東京都産業労働局の「平成28年度 労働時間管理に関する実態調査」によると、固定残業代制により残業代を支給している企業は13.5%とのことである。

 企業がこの制度を採用している場合、残業時間数が少ない月についても、従業員は決まった金額の残業代を受け取ることがきる。そのため、従業員にとっては「収入が安定しやすい」というのが本制度のメリットといわれている。

「固定残業代制」は残業代の未払いが発生しやすい

 ところが、近頃「固定残業代制」は、労務トラブル発生の代表的な要因になっている。ただし、固定残業代制自体が違法な制度というわけではなく、企業による制度の運用が不適切であることに起因し、トラブルが発生しているものである。

 固定残業代制による典型的な労務トラブルは、企業が残業代の差額支払いを行わないことにより「未払い残業代」が発生している、という問題である。

 固定残業代制では、毎月決まった金額で支払う残業代について「何時間分の残業代か」が明確にされている必要がある。例えば、「20時間分の残業代として、4万円の固定残業代を支払う」といった具合である。

 企業側には、もしも実際に発生した1ヵ月の残業時間数が20時間を超過した場合は、「超過分の残業代を、固定残業代とは別に支払う」という義務が課されている。つまり、上記の事例の場合、実際に行った残業時間数が「30時間」であれば、固定残業代としている「20時間分」との差額である「10時間分」について、別途、上乗せして残業代を支払わなければならない、ということである。

 しかしながら、固定残業代制を採用している企業では、この残業代の差額支払いを怠っているケースが非常に多い。残業代の差額支払いを行わない場合、前述の事例で説明すれば、「30時間」の残業に対して「20時間分」の残業代しか支払わないことになるのだから、「10時間分の未払い残業代」が発生することになる。

 固定残業代制を採用している企業の中には、「固定残業代を支払えば、残業代の支払いは全て完了している」と勘違いをしているケースがあるようである。そのため、このように誤って取り扱われるのであろう。

 他にも、固定残業代制を採用する企業では、次のような誤った取り扱いをしているケースが数多く確認できる。

(1)固定残業代制を採用していることを、従業員に対して就業規則などで周知していない。

(2)固定残業代として毎月4万円が支払われているが、「何時間分の残業代」なのかが示されていない。

(3)固定残業代で支払われている残業代の計算単価が、本来の計算単価よりも安く抑えられている。

(4)「基本給に固定残業代を含む」とだけ規定しているため、基本給のうちのいくらが固定残業代に相当するのかが不明である。

(5)基本給に固定残業代を含んで支払っているが、基本給から固定残業代を差し引いて時給換算すると、「最低賃金」よりも安くなる。

(6)実際に業務を行った時間が残業時間の上限に満たなかった場合、固定残業代制を採用しているにも関わらず、当月の不足時間数を翌月に加算して、差額支払いの基準を変更している。例えば、20時間分の固定残業代を支払っている企業で、1ヵ月の残業時間数が10時間であった場合、翌月の残業時間数が30時間を超えなければ、残業代の差額支払いを行わない。