著者の栗野宏文氏は1989年に仲間と株式会社UNITED ARROWS(ユナイテッドアローズ)(以下、UA)を立ち上げた人物。現在はUAをはじめ、ビューティ&ユースやグリーンレーベル リラクシングなどの各事業のおおもとであるクリエイティブディレクションを担当している。
クリエイティブディレクションとは、社会潮流をつかんで世の中の事象を理解し、次の価値観や見方を考察し、消費マインドを分析してマーチャンダイジングを方向づけしていく作業だという。コロナウイルスのために通勤や外出が減って洋服を買わなくなった、外出自粛期間中には服の断捨離をしたという人も多くいただろう。服は生きることや人間の尊厳に関わるほど本当に大事なものなのだろうか。サスティナビリティ、個の時代、西洋的価値観の行き詰まり、ラグジュアリーブランド、流通システムと労働などをキーワードに、「f=cb」(ファッションはカルチャー×ビジネス)と捉える著者が、「ポスト・パンデミックの時代に人は何を着たいのか」を提案する。『モード後の世界』(扶桑社)を8月11日に上梓した栗野宏文ユナイテッドアローズ上級顧問・クリエイティブディレクション担当に話を聞いた。(聞き手:松葉 早智 シード・プランニング研究員)
──モード(注)が終わり、ダイバーシティの時代になったと見ていらっしゃいます。消費者の意識、社会や企業の変化についてどのようにお考えでしょうか。
注:流行。ある種の特権階級から非特権階級へ伝達され、共有される美意識。
あらゆる問題を可視化したCOVID-19
栗野宏文氏(以下、栗野):COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のために、経済、特に流通業やエンターテインメント業界に大きな影響が出ました。その中で僕が一番問題だと思ったのは、何でもかんでもコロナウイルスのせいにしてしまうことです。単純に「アパレル危機」や「出版の危機」と言ってしまう。
家でじっとしていなければならない、ものを作ることが停滞し、ものを買わなくてもいいという状況になり、確かに消費や価値観、美意識の変化は予想をはるかに超えた大きなものになっています。しかし、そもそも2020年という年はとても大きく価値が変わる真っただ中にあって、COVID-19はその背中を押す形になっただけなのではないか。
過去10年くらいは過剰に作って、できたものを大急ぎで消費してきたけど、実はちょっとトゥーマッチだったのではないか。COVID-19の中、人が集まる場所に自分が行かなくなることで世の中が少しでもセーフティな状態となることに自らが関与できる。COVID-19の状況で一番感じているのは、こうした見えづらかった問題が可視化されたことと、すべての人が当事者であることが明らかになったことです。