薬を飲むこともできない

 薬を飲むこともできなかった。治療は、ステロイド系の薬で炎症を抑える対症療法が基本となる。ステロイドは、いわゆる筋肉増強剤としても作用してしまうため、アスリートの使用はご法度。

 何かが、プツリと切れてしまった感覚だった。

 区切りとなる、通算10000得点も達成した。昨シーズン(2018-19)前には、ずっと応援し続けてくれた母の死もあった。わたしが先頭になって牽引してきた日本バスケットボール界は期待の若手が躍動し、引っ張ってくれるようになった。経営も安定してきた。

 そんな中で、突如突き付けられた命の危機。

「俺の役目はここまでなのかな……」

 思えば、ずっと辞め時を探していた。それがついに訪れたのだ。

折茂武彦・著「99%が後悔でも。」

 毎年、6月に数日間だけ休みをもらい、沖縄で体と心を休めている。マネジメントをお願いしている会社の社長と行くのが常だ。

 今年は3泊4日。新千歳空港から羽田空港に向かい、例年どおり、そこで東京在住の社長と落ち合った。

 心は決まっていた。沖縄に向かう便の搭乗ゲートに入ったところで、何も知らない社長に切り出した。
 

「ちょっと、相談があるんだけど」……。病気のことを伝え、「してないとやばいんだよ。死んじゃうからさ」と、マスクをしている理由も話した。

 社長は、驚きながらも事態を理解し、受け入れてくれた。わたしは最後に、社長にこう告げた。

「俺、もうバスケ辞めるわ」

飛行機の中から見えた景色は、いつもとは違って見えた。
(『99%が後悔でも。』折茂武彦・著より再構成)