新型コロナウイルスを受け、多くの企業がテレワークでの対応を余儀なくされた。だが、企業によって明暗が分かれたようだ。「テレワークの巧拙が競争力、ひいては事業継続性を左右する」と語るのは、早くからテレワークやクラウドソーシングの研究に取り組んで来た東京工業大学の比嘉邦彦教授だ。その要諦を聞いた。

東京工業大学 環境・社会理工学院 イノベーション科学系・技術経営専門職学位課程 比嘉邦彦 教授

コロナ禍でテレワーク導入企業が増加
成果には明暗が分かれる

──かねてから、テレワークのさらなる活用を訴えてこられたが、今回の新型コロナウイルスをめぐり、どのようなことが見えてきたか。

 私は以前より、日本でテレワークを本当に普及させるためには、「働く個人」、「社会」、「経営層」の「三方よし」、中でも、「経営によし」が不可欠だと言ってきました。今回の新型コロナウイルスの影響により、多くの企業がはからずも、本格的にテレワークを実施することになりました。事実上の社会実験だという人もいます。今回の体験を経て、経営の観点からメリットがあることに気が付いた企業が出てきたと見ています。

 「経営によし」のメリットには短期的なものから長期的なものまでいくつかの種類があります。ここで「生産性の向上」をテレワークの目標に掲げる企業があるのですが、私はそれには反対です。本格的な「経営によし」のテレワークを続けていくことによって将来的に生産性の向上は望めます。しかし、いきなり初年度から生産性が数10%も上がるわけではありません。むしろ生産性はトントンでいいと考えています。

 では、何を目指すべきか。それはコスト削減です。明らかなのはオフィススペースの削減が可能になるということです。都心にオフィスを構えている企業の中には、テレワークを導入したことにより、年間で数千万円のコスト削減に成功したところもあります。数千万円の利益を上げるためには、数億円を売り上げないといけません。それと同等の効果が得られるわけです。

 もう一つのメリットは人材確保のメリットです。新型コロナウイルスへの対応のために、初めてテレワークを導入したという企業が少なくありません。ある調査では、60%~70%ぐらいの企業が初めてテレワークを実施したと回答しています。特徴的なのは、これらの企業で、多くのワーカーがテレワークを継続してほしいと回答していることです。中には、ワーカーの9割が継続したいと答えている企業もあります。つまり、企業がアフターコロナでテレワークを継続するか否かが、今後の人材確保にかなり大きな影響を及ぼしてくる可能性が出てきたといえるのです。

──メリットの一方、業務がしづらい、業務効率が落ちたといったテレワークのデメリットを指摘する企業もあるが。

テレワーク導入の課題やその解決方法について、私は以前から指摘してきました。例えば、「テレワークは管理評価が難しい」と言う声をよく聞きます。しかし、テレワークに限らず、ホワイトカラーに対して時間管理が馴染まないというのは自明のことです。

 テレワークに率先して取り組む企業の中には、テレワークをアフターコロナも継続して実施するために、業務を時間管理型からジョブ型に変え、評価もそれを基に行う取り組みも見られます。

 「テレワークだからできない、やりづらい」として、コロナが落ち着いたら元に戻してしまう企業と、これを契機に本格的に導入し、他の改革にも乗り出す企業とでは、今後大きな差が生まれると思います。

 コスト効率がよくなれば、やがて生産性も向上していきますし、組織としての柔軟性も高まります。優秀な人材が集まり、競争力も上がります。

──テレワークは災害時など、もしものときの対策と考える企業も少なくないが。

 今回の体験を経て多くのワーカーが、「在宅勤務でもほとんどの仕事ができた」と話している一方で、経営層や上司は、「緊急事態宣言も解除されたのだから出勤しろ」と求めている、という状況があります。

 テレワークが、非常事態、すなわち自然災害やパンデミックなどの際のBCP(事業継続計画)に強いことは実証されています。SARSやMARS、東日本大震災などにおいて、テレワークを実施した企業は、短期間で事業の継続や復旧に至っています。日本は台風や地震などの自然災害のリスクが大きい国ですから、テレワークは、今後も重要な非常時の対応策の一つには違いありません。しかし、その観点のみでテレワークを捉えると、本質を見誤ることになります。本当のメリットを得るには、一時的な実施ではなく、本格的かつ継続的に導入することが重要になります。

 今回のコロナ禍においても、テレワークに成功したところとそうでないところの明暗が分かれました。大きな要因として、以前から準備をしていた企業はスムーズな対応ができましたし、管理者、ワーカー双方が高い評価をしています。