カゴメ株式会社 代表取締役社長 山口聡氏

2015年に打ち立てた10年後のあるべき姿

――2025年のありたい姿として「食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業」を掲げています。どのような経緯でこの目標を決めたのでしょうか。

 この考え方を最初に打ち出したのは、私の前任の寺田直行取締役会長です。寺田は2014年に社長に就任して、2015年に次の3カ年計画を策定する際にこの方針を打ち出しました。私も執行役員としてビジョンの策定に参加していました。

 当時の当社の業績は非常に低迷しており、売り上げが伸びず減益が続いている状況でした。立て直し策を考えていく中で実感したのは、カゴメは「変化に疎い会社」ということです。利益志向も弱く、目標達成のためのコミットメントも弱い。その一方で、カゴメというブランドは多くのお客さまに支持されていて、それに応えて「いい商品を作っている」という自負が強くありました。私自身もそうでした。

 ですがその自負によって、逆に唯我独尊的な、周りを見ない経営になっていたといえるかもしれません。その結果、為替の変動や、農産原料の国際価格が高騰した時に、影響をもろに受けてしまっていたのです。

 この反省に立ち、当時の経営陣は、変化を先取りする企業になることを目指しました。そのためにまず「これから10年後、つまり2025年の社会、環境はどうなるか」を考え、その中で、カゴメの果たすべき役割を徹底的に議論しました。

 10年後の事業環境を予測すると、決してばら色ではありませんでした。国内の人口は減り、マーケットは縮小していきます。世界的にも食料危機など、ますます深刻化していく社会課題に直面します。しかし、だからこそ、これらの解決に取り組むことで、カゴメを成長させていくことができるはずだ、という結論になりました。具体的には、「健康寿命の延伸」「農業振興・地方創生」「世界の食糧問題の解決」という3つのテーマを掲げ、現在も取り組んでいます。

健康寿命を延ばすために社員の力が結集している

――大きな変革の過程で、2020年1月に社長に就任しました。最初にしなければいけないと思ったことは何ですか。

 以前のカゴメは、社長が変われば経営方針も大きく変わる会社でした。ですが2015年にそれを改め、10年間方針を定めて、ぶらさず真っすぐ行くという決意表明をしました。私は、その決定に最初から関わった者として経営のバトンを引き継いだわけですから、根幹の部分は変えずに進めていくという思いはあります。

 3つの社会課題の中で、中核のテーマは「健康寿命の延伸」になります。企業が掲げる目標としては、かなり抽象的です。ですが今のカゴメは、そこに向かう力の結集が図られていると確信しています。

 なぜそう思うのかというと、もともとカゴメの社員には、野菜の商品を通じて「お客さまの健康に役立ちたい」という思いが根付いていたからです。ですから、「毎日野菜をとる」→「健康になる」→「健康寿命の延伸」という流れは、社員の中で腹落ちしているのだと思っています。今、カゴメが進めているさまざまな取り組みは、お客さまの健康寿命を延ばすという目標に向かっているのです。

 もう一つ大事なことは、野菜をきちんととることで健康になるという考え方は、世界の研究者が証明しており、科学的なエビデンスが確立されているということです。カゴメ自身も野菜の成分について長年にわたり研究を続けています。ここが、全ての活動のベースになっています。

――2025年に向けた長期ビジョンの一つに「トマトの会社から、野菜の会社に」を掲げています。どういう取り組みを進めていますか。

 厚生労働省は、1人1日350グラムの野菜をとることを推奨しています。しかし、実際の野菜摂取量も290グラム程度です。しかも、この野菜不足の状態は10年間以上続いており、改善していません。

 簡単ではありませんが、カゴメでは野菜の摂取量を増やすためのさまざまな活動をしています。それと、商品の企画、製造、販売を通じて野菜の供給力を高めていく、この2つを事業の両輪としています。

 メーカーとして野菜をとりやすくする商品の開発にも、さらに力を入れています。現在、カゴメでは、飲料など加工した商品だけでなく、生鮮の野菜も含めた商品開発と供給をシームレスに進めています。

 課題は、消費者の皆さまと野菜商品の接点を、もっと増やすこと。その働き掛けとして、「野菜をとろうキャンペーン」というものを始めています。2020年はコロナの影響で参加型のイベントは難しかったのですが、2021年は、料理愛好家の平野レミさんをキャンペーンの「強化本部長」として起用し、野菜を使ったメニューの提案など、情報発信力を増やしています。

野菜の摂取量をテクノロジーで見える化

――「野菜をとるのは健康にいい」という認識は、既に多くの人が持っていると思います。それなのになぜ、野菜が足りない状況になっているのでしょうか。そしてそれはどうすれば改善するのでしょうか。

 私は研究部門の責任者を務めておりましたが、当時から野菜不足の原因の一つは、「自分がどれだけ野菜をとっているか分からない」ということだと思っていました。それをどうにか見える化できないかと考えて、野菜レベルを推定できる装置「ベジチェック」を3年がかりで開発しました。

 ベジチェックのセンサーに手のひらを当てれば、20秒ほどで結果が出ます。野菜摂取レベルは12点満点で、7~8点が、国が推奨する1日350グラムに相当します。これまでチェックした20万人の平均は5.7点です。この機器をいろいろなところに持ち込んで測っていただきましたが、「私は十分野菜をとっています」と自信満々の人も、実際に測ると5点だったりするのです。やはりデータで示すことは大切だと実感しました。ベジチェックの普及を通じて、1人でも多くの人に自分と野菜の関係を知っていただきたいと思っています。

 また、ここ20~30年間続いてきた「食の外部化」の流れが、コロナによって180度変わり、家で食事をする機会が急に増えました。その影響で、当社でも変化が起きました。例えば、トマトケチャップの販売が、一時は前年比で120%という信じられない増加を記録しています。私は入社して30年以上になりますが、これは基礎調味料では見たことがない数字です。コロナは、健康への意識とともに、食に対しても大きな変化を与えているわけです。

――先日発表された2020年12月期の決算でも、家庭向け商品と業務用での明暗がはっきり分かれました。

 最初の非常事態宣言の時、外食向けの売り上げは前年比60%くらいまで落ち込みました。ただテイクアウトの業態では逆に需要が急増していました。そこで営業部隊は急きょ居酒屋さんにテイクアウトメニューの提案をするなど、市場の状況を見ながら臨機応変な対応をとりました。また「洋食エール隊」といって、洋食店の情報を掲載する特設サイトを開設して、集客支援も行いました。コロナは今年度も続いていますが、社員全員の努力のおかげで、影響を最小限に抑えられたと思います。