ワークウエア・作業用品のフランチャイズチェーンを運営するワークマンが好調だ。2018年に始めた一般顧客向け高機能ウエア店「ワークマンプラス」が業績をけん引、2020年3月期のチェーン全店売上高は前期比31.2%増、営業利益は同41.7%増と急成長している。この好調を受け、さらに次の新業態にも着手しているワークマンだが、同社の成長の裏には「しない経営」「エクセル経営」という2つのユニークな経営手法がある。それらを考案し実践するリーダーで、先日『ワークマン式「しない経営」』を上梓した同社専務取締役 土屋哲雄氏に「勝ち続ける企業になるために必要なこと」を聞いた。

株式会社ワークマン 専務取締役 土屋哲雄氏

「しない経営」とは自分たちが勝てる事業に特化すること

――ワークマンに入社した2012年、最初の印象は同社が「しない経営」の会社だと思ったというが、それはなぜか。

 ワークマンは創業以来、作業服の個人向け市場で、優勢な地位を築いてきました。それは今も変わっておらず、40年、圧倒的な市場支配を続けています。それがワークマンの強さの原点です。

 ただ、私が入社した8年前に感じたことは、一つの市場で圧倒的な強みを築いてきた企業の限界です。プロ向けの作業服市場は安定的ですが、当時は全国に600店舗、売上高は600億円という規模で、このまま伸びていっても1000店舗、1000億円という事業規模が成長の限界だということが見えていました。

 ですが、32年間同じことを繰り返してきた企業が急に違うことをして成功できるわけがない。むしろ他のことを何もしなかったからこそ、圧倒的な強さを続けてきたことが分かってきました。そして、この「しないことの強み」を生かして次の事業を考えていこうと思いました。

 今年で既に40年、特定の市場で支配的なポジションを築いています。そう考えると、100年は長くありません。マイケル・ポーター教授がいうように、自分たちが勝てる場所でしか事業をしない戦略です。私たちからすると、「しない」ということは、何もしないのではなく「特化する」ということ。戦略的なポジショニングだと考えています。

 では、次は何に特化するべきかですが、昔と違って今は競争の少ない空白マーケットはほとんど存在しません。ところが、模索するうちに、店頭では作業服を仕事用でなく、一部の層がアウトドアウエアやオートバイに乗る時の防寒着として買っていることが分かってきました。作業着といっても最近では飾り気のない地味なものではなく、プロもカジュアルなものを好んで着ます。そのため日常使いも全く問題ないデザインなんです。

 そこで、これまで作ってきた製品は基本的に変えず、事業ドメインを「作業着」から「機能性ウエア」に変えました。すると、市場はスポーツ、アウトドアにも広がったのです。作業着として作ったものも、アウトドアウエアとして売れるようになります。それが「ワークマンプラス」の成り立ちです。

 いきなりアウトドア市場に参入して勝ち目があるわけがない、と思うかもしれませんが、価格志向の考え方を入れると、市場は広がります。従来のアウトドア製品は、高級ブランドが競い合っており、どれも価格が高かった。ブランド品は1万円でお釣りがきませんが、ワークマンなら4着買えます。高価格帯は競争が激しくてレッドオーシャンでも、低価格帯は丸ごと空いているブルーオーシャンという市場が存在したのです。

 なぜそんなに価格競争力が高いのかというと、当社は200万人を超える固定客化したプロの作業者のために大量に製造することができるからです。この優位性があるため、参入して2年ですがまだ競合は現れていません。低価格アウトドアウエアの市場は4000億円と想定していて、それを当社が獲れる可能性が非常に高いとみています。

標準化の先にある「もっとしない経営」実現のために時間を味方につける

――製品の売り方を変えただけで、成功できたのか。

 いいえ、もう1つのポイントは「企業風土の変革」でした。長年にわたって愚直に同じことを追求してきた企業だったので、本業の深掘りの度合いはすさまじいと思った一方で、現状に過剰最適しており新しいことをやるのは非常に大変でした。

 まず、新たに参入する業界が全く違いました。アパレル業界のことは、社内の誰も知りません。会社を相当変えないといけないと思いました。ただ、高級ブランドを作るのではないので、飛び抜けたスターは必要ありません。社員全員で力を合わせれば勝てると考えました。そこで力になるのが、「しない経営」をさらに進めた「もっとしない経営」と、データ駆動型の企業を目指す「エクセル経営」です。順にお話しします。

 まず「もっとしない経営」ですが、ワークマンは既に利益を出すための業務の標準化、効率化は十分進んでいました。業容拡大するためには、さらに効率を上げ、前向きに働く必要があります。そこで、社員のストレスになることを極力無くすことを考え、実行しました。

 それは、時間を味方に付けることです。日本は意外と目先の利益に追われている企業が多いと思います。時間の期限があると担当者はストレスを感じて無理をし、最後に諦めます。情報システムの開発にも期限を決めません。完成したら運用を始めることにしています。

 期限を決めると、納期が近づくと担当者は無理に無理を重ねることになります。期限間近に応援要員が加わると、納期と引き換えに質が悪くなります。人件費も1.5倍~2倍かかり、いいことがありません。

 逆に納期を気にしなくなると、かえって仕事が早く進み、品質も良くなります。プレッシャーがなくなると人はいい仕事をするものです。期限がなければ担当者はストレスを感じず、優先度に応じて仕事をするので、全体的にも無駄がなくなります。

「しない経営」には2つ意味があります。一点集中で圧倒的なポジションを取るということと、効率を上げようとして、逆に効率が下がることは絶対にしないということです。