日本の中堅・中小企業が新型コロナウイルスによって被った痛手は計り知れない。(一財)日本総合研究所会長・多摩大学学長の寺島実郎氏は、「今回のコロナショックによって日本経済そのものの問題点があぶり出された」と指摘する。日本再生の道はあるのか。ウィズコロナ時代の経営者はどのような視座で企業経営に臨むべきなのか。

一般財団法人 日本総合研究所会長 多摩大学学長 寺島実郎 氏

人類とウイルスとの共生
コロナ禍を大きな視点で捉えよ

 新型コロナウイルス危機の本質を考察するに当たって、地球の成り立ちにも及ぶ「ビッグヒストリー」を視野に入れる必要があります。

 地球の歴史は46億年とされますが、ウイルスや細菌などの微生物の歴史は約30億年前にさかのぼるといわれています。それに対して、アフリカにヒト族ホモ・ハビリスが誕生したのが約200万年前とされ、私たちの直接の先祖であるホモ・サピエンスが登場したのは、たかだか約20万年前とされています。ウイルスの歴史を1万メートルとすると、人類史はまだ1メートルにも達していません。つまり、人類は地球にとって「新参者」にすぎません。

それを思えば、「ウイルスを撲滅する」といった概念でこの問題に向き合うと、本質を見誤りかねません。むしろ「ウイルスとの共生」という視座こそ不可欠だと感じます。

 振り返れば、人類史はパンデミック(伝染病の世界的流行)の歴史ともいえます。14世紀末のペストの流行では、世界で約1億人が死亡したとされます。19世紀にはコレラが流行しました。その後も、20世紀以降はスペイン風邪、香港風邪、HIV・エイズ、21世紀に入ると、2002-03年のSARSコロナウイルス、2009年の新型インフルエンザ、2014-16年のエボラ出血熱などに人類は揺さぶられ続けてきました。

 新型コロナウイルスも人類史に残る影響をもたらしていますが、4段階に分類されるウイルスの危険度「BSL(バイオ・セーフティ・レベル)」により相対化すると、致死率が7割を超えるエボラウイルスなどが最も深刻な「BSL-4」であるのに対し、新型コロナウイルスは「BSL-3」とされています。潜伏期間が約14日間と長く感染力が強い一方で、呼吸器などの局所感染のため致死率はそれほど高くなく、弱毒性であるという特徴があります。

 もちろん、だからといって「大した問題ではない」と言うつもりはありません。冷静に向き合うことが大切、と言いたいのです。グローバル化の進展により、今後も「BSL-3」さらには「BSL-4」クラスのウイルス感染が日常的に起こりうることを織り込んで生きていくべきです。コロナは人類史において特別な災厄ではない、ということです。

日本の埋没に対して
冷静な危機感を持つべき

 

 新型コロナウイルスの影響により、経済活動は停滞を余儀なくされました。日本では緊急事態宣言が発令され、中堅・中小企業で大きな打撃を受けた企業は数えたらきりがないほどでしょう。しかし私は、コロナが問題なのではなく、かねてから日本が抱えている問題がコロナによりあぶり出されたと考えています。特に危機感を持つべきなのは、「日本の埋没」です。

 マクロ的には、世界のGDP(国内総生産)における日本の比重の変化が顕著です。平成が始まる直前の1988年を見ると、日本のGDPが世界のGDPに占める割合は16%でした。日本を除くアジア(ASEANや中国、インドなど)は6%で、日本の3分の1にすぎませんでした。しかし、平成が実質的に終わった2018年の日本のGDPの割合は6%まで落ち込んでいます。逆に日本を除くアジアは23%へと成長しているのです。

 日本の埋没を示すもう一つの事実は、現場力の低下です。指標として私が注目しているのは、技能五輪国際大会(隔年開催)です。直近では2019年にロシアのカザンで開催されました。日本は2個の金メダルを獲得し、全体の7位でした。1位の中国(16個)、2位のロシア(14個)に大きく水をあけられているだけでなく、3位の韓国(7個)とも差があります。実は2019年だけでなく、2001年以降、同大会における日本選手団の成績は年々落ちています。

 ところが大手企業の経営トップですら「これからは熟練工など要らない。AIとロボットで現場を支える時代になるから大丈夫」と話すのです。果たしてそうでしょうか。ここに私は、日本の現場力の低下、実体経済から乖離した今のマネーゲームの危うさを感じています。

マネーゲームによる「つり天井経済」
この根拠なき熱狂から脱却すべし

 かつての「ものづくり国家」日本が、その座を中国や韓国などに奪われつつあります。大きな要因は、実体経済からマネーゲームへシフトしてしまったことにあります。

 アベノミクスは異次元の金融緩和と財政出動により景気の浮揚を目指すというものでした。しかし、結局は株高が演出する「つり天井経済」に過ぎないのではないでしょうか。

 確かに、2010年から2019年までの間に株価は2.3倍に上昇しました。多くの経営者も「株価も上がっているし、日本経済はそこそこうまくいっている」と捉えていました。しかし、実体経済を見ると、株価の上昇によって多くの国民の生活が豊かになったわけではなく、むしろ所得(勤労者世帯可処分所得)はピークの1997年と比較して4%ダウン、消費(家計消費支出)もピークの1993年と比較して、13%ダウンとなっています(いずれも2019年時点)。

 さらに、鉄鋼、エレクトロニクス、自動車といった日本の基幹産業も苦境に直面しています。「鉄は国家なり」と言われた日本製鉄などの鉄鋼メーカーが、相次いで高炉の休止を発表しています。自動車産業もトヨタこそ黒字を維持していますが、日産自動車は巨額の赤字に転落しています。エレクトロニクスに至っては、東芝やシャープが陥った状態を見れば明らかです。

 ここ数年の株高は根拠なき熱狂に過ぎません。そのメッキがはがれると、一気にパニックに転じる恐れもあります。今こそ、日本企業が知恵を出し、汗をかき、現状から反転攻勢を掛けられるかが問われています。コロナがこの実態をよりくっきりと示したのです。