日本企業には原点回帰が必要
DXとリアルの融合も鍵に
日本再生のポイントは「原点回帰」です。日本という国、そして日本企業に問われていることの本質をよく考えるべきです。
日本は戦後、農業国家から工業生産力モデルにシフトし、高度経済成長期を経てものづくり国家としての成功体験を積み重ねてきました。アメリカでは、西海岸のGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表されるデジタル・トランスフォーメーション(DX)企業が台頭する一方で、東海岸では「ウォールストリートの懲りない人々」がマネーゲームを肥大化させています。 さらに言えば、南部ヒューストンなどのエネルギー関連産業も大きな存在感を示しています。しかし、シェールガスなどのエネルギー関連のハイイールド債は原油価格の下落によりデフォルトのリスクが高まっています。日本の金融機関や機関投資家も、ハイイールド債に投資しているところが多いので注意が必要です。GAFAも政治体制の異なる国をまたいだ利用やセキュリティーに課題があります。
そのように説明すると「日本も大変だが、長くお手本にしてきたアメリカも大変だ」と思う人が多いかもしれませんが、日本とアメリカとの間には、大きな違いがあります。それは食料自給率です。アメリカは食料自給率が130%を超えている食料輸出大国であり、実体があるのです。一方、日本は農村から人口を切り離して大都市に集中させた結果、東京都の食料自給率は実に1%台にまで激減してしまいました。この差ははっきりと意識しておく必要があります。
それにもかかわらず、今回のコロナ禍では東京都内でも食料パニックが起きませんでした。それはなぜでしょうか。こういう状況下でも、物流や流通に携わる人たちが懸命に働いて支えた「リアル」が機能していたからです。ボタンをクリックすれば商品が届くのは、デジタルのみのおかげではありません。そこに存在するリアルがあり、それとデジタルが融合しているから実現しているのです。
日本企業への期待は大きい反面、私が危惧しているのは、アメリカなどの自国利害中心主義のように、日本企業も自社中心主義になりつつあることです。複数の日本企業がチームを組んで取り組めば、より良い製品、より良いサービスが提供できると思います。デジタルなサービスを提供する企業だけでも、リアルなサービスを提供する企業だけでも成り立ちません。
企業経営者には、今こそ自社が発信する価値とは何か、自社にできることは何かを真剣に自問自答し、行動してほしいと思います。そのためには、請け売りの断片的な情報すなわち「専門知」ではなく、広く物事を概観し、核心に目を向ける「全体知」が大切です。生身の人間と向き合い、「全体知」をもって自ら考える力を身につけることが、長いコロナというトンネルに、意義ある出口を示してくれると信じています。
寺島実郎(てらしまじつろう)
1947年北海道生まれ。日本総合研究所会長、多摩大学学長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産に入社。米国三井物産ワシントン事務所長、三井物産戦略研究所所長などを歴任し、2006年、三井物産常務執行役員に就任(~2009)。2010年には早稲田大学名誉博士学位取得。テレビ、ラジオなど、メディアに出演するほか、著作は、最新刊『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(岩波書店刊)など多数。