データを基に事業を考えられるよう組織の変革も進めた

――もう一つの「エクセル経営」が目指すものとは何か。

 この背景には、ワークマンが作業着市場で圧倒的な強みを築いてきた時代の経験とノウハウ、あるいは勘が、通用しなくなったことがあります。

 コロナがその典型ですがが、今の社会と市場は過去の延長線上にありません。天災も非常に多い。ワークマンの店舗は現在全国に890ありますが、この2年間に4店舗が豪雨で被害を受けました。出店時に私がハザードマップをチェックした店も、流されました。誰も予測できないことが起きる時代なのです。

 昔は、計画時の読みがほぼ正しく、8割以上が間違えませんでした。ですが今の不確実な時代では、読みは当たりません。つまり五分五分か、それ以下です。全く自信がないので、初めから間違えることを前提に計画を組むしかないのです。

 当社の売れ筋の防寒着も、3年後は温暖化がどこまで進むのかわからず、方針が全く立てられません。当社の場合、売上げは8割が天候によって決まってしまうため、正確な予想を立てることは無理です。

 そういう時代に頼りになるのは、現場のデータだけです。データを基に事業を考える。それが、当社が「エクセル経営」を進める理由です。

 私が入社した時、社内のデータの活用度合いはゼロと言っていい状態でした。エクセル経営と呼んでいるのは、社員全員のデータ活用スキルを、まずエクセルで底上げすることを目指しているからです。

 加盟店の指導を行う本部社員(スーパーバイザー)は、常に悩んでいます。例えばある製品で特定のサイズが売れ残っているときに、店舗のお客さまの層と、売れるサイズの関係を知りたいと思っています。

 そこでデータを用いて、サラリーマンのお客さまが多い店では、大きいサイズは売れないとか、逆に小さいサイズが売れ残るところは、プロの作業者のニーズが高い店ではないか、という仮説を立てるのです。その仮説を検証して、別の製品はこういうものが売れるという分析ができます。営業の担当者レベルでも簡単な関数を使えばすぐにできるようになります。そのために、社内でエクセル関数のスキル研修を行い、上級者にはエクセルのマクロを扱う言語のVBA(Visual Basic Applications)も身に付けて自分でデータを加工することができるようになってもらいました。現在、社員の4割ほどが関数を扱うことができ、5%はVBを自分の業務で使用しています。

「エクセル経営」が目指すものは、ソフトの使い方のスキル向上とともに、「データを土台にしたコミュニケーションができる組織」の構築です。

 この不確実な時代、「経営者や上司の見立ては50%間違う」という前提で考えてほしいと、社員には話しています。上の人間よりも、現場のデータを信じて事業を進める必要があります。データを基に現場が自ら考え、逆に上司を説得し、実行する。コンピューターの世界に例えるなら「エッジコンピューティング」の組織にならなければ、勝つことはできなのです。ワークマンは「エクセル経営」で、強いエッジを持ちたいと考えています。

DXで大切なのはXの「デジタルを使いこなす力」

――ワークマンの経営で、この先も守っていくことは何か。

 製品に関しては、「機能性+低価格」から外れてはいけないと考えています。また利益を取り過ぎてもいけません。荒利益率35%以上を取ってはいけないと決めています。荒利が増えると、参入者が一気に増えるからです。

 また、経営はあれもこれも、多くのことをやろうとしてはいけません。その代わり、会社が一度決めた方針は、どんなに時間がかかっても最後までやり切る。これが何より大事だと思っています。

 加えて、ワークマンが大事にしてきたのは徹底した標準化です。これは、新業態のワークマンプラスでも変わりません。店舗設計も、そこで働く人の作業も標準化して、無駄なことを極力排除しています。

 例えば「レジ締め」は、店舗の閉店時間の20時には行いません。締めの作業は当日の14時です。店が空いている時間帯に締めの作業をして、閉店後はレジの現金の引き出しを抜いて金庫に入れて、すぐ家に帰ります。これが当社の標準化の最たるものです。金額が合わなくても、翌日の14時に合わせるから問題ありません。

 店舗では接客も基本的にしていません。商品にタグを付けて、機能の説明はそこを見れば分かるようにしています。商品のPRはYouTuberなどの「アンバサダー」にお願いしており、さらに詳しいことを知りたい方は、店内にアンバサダーが作った動画へのQRコードを掲示しており、自分のスマホで見ていただくことにしています。

 無駄を排して、店舗で働く人がやることは「レジ打ちと品出し」の2つに絞ることを目標に店舗を運営しています。それ以外は価値を生まないと判断しています。

 その上で、今後も企業風土をフレキシブルに変えていきます。以前はオーナー会社で、上意下達の風土でした。それを今は、“声のする方向に変えていく”を経営理念にしています。

 ただし、その動きは早くなくてもいいと考えています。GAFA時代では先行者が市場を総取りするといわれますが、私はむしろ周回遅れでコモディティ化したソフトウエアを使う方が賢いと思っています。価格も圧倒的に下がり、最も優れた製品だけが残っているので、それを使えばいいのです。

「DX」が話題ですが、はっきり言えばDは重要ではありません。大事なのはX、つまり使いこなして変革を起こす能力です。手段(ソフトウエア)は、お金を払えば手に入ります。でも、使いこなすことは、お金を払っても獲得できません。そのため、私は入社して8年間、データ活用教育だけを進めてきました。個人のスキル、考え方を変え、組織を変革する必要があるのです。成果は確実に出ていますが、まだ達成度は2割というところです。今後も継続していきます。

 100年の競争優位を目指すための取り組みですから、簡単にはいきません。そして、加えるだけでは駄目で、何かを捨てなければいけない。私たちは目標達成を取り、時間を捨てました。「3年でブルーオーシャン市場を作れ」と言われても無理だからです。

 もともと当社は、会社のいうことが絶対という企業風土が根付いていたために、コミュニケーション能力の高い人が昇進していました。今後は改革マインドと、その裏付けとなるデータ活用力がない人は部長以上には昇進させないという形に変えました。

 それだけでは、急に文化が変わって取り残される人がいるので、改革に先立って、社員の給料を今後5年間で100万円ベースアップすると宣言しました。経営的にはヒヤヒヤしましたが、なんとか5年で達成できました。
普通、企業の経営計画では「3年で売上げを30%アップ」など売上目標の話はしますが、社員に対する達成時の待遇をいう企業はほとんどありません。ワークマンは、期限を切った目標を言わない代わりに、社員の給料アップを決め、暗黙に目標の達成を期待しました。

 今のワークマンの経営戦略は、一言で言えば「客層の拡大」に尽きます。それが形になったものがワークマンプラスであり、今後も女性客向けの「#ワークマン女子」や「ワークマンシューズ」、雨対策専門の「ワークマンレイン」など、10年、20年とかかる挑戦を続けていきます。最終的に、100年、競争優位が続く企業を作ることが、私たちの目標です。