多角化からの原点回帰、軸を持つことで強さを取り戻す

――カゴメのように長い歴史を持つ企業が、現在も変化を乗り越えていける理由は何でしょうか。

 カゴメは122年の歴史を持つ会社ですが、実は創業そのものがチャレンジでした。農家の蟹江一太郎が西洋野菜の栽培を始め、当時の日本では観賞用としてしか使われていなかったトマトを食用として売り始めたのが最初です。売れるか分からないところに挑んでいったのですから、相当な勇気が必要だったと思います。結局、生では売れなかったのですが、トマトソースにして瓶に詰めたところ、名古屋のホテルに売れました。ここから今日のカゴメにつながるのです。

 その後の歴史の中では、カゴメにも事業の多角化をしようと考えた時期がありました。ご多分に漏れず、バブルの直前の1980年代です。私が入社して間もないころで、炭酸飲料やパスタ、さらには焼き肉のタレなど、トマトや野菜とは関係ない新商品を次々と開発し、輸入も始めました。

 結果は、ほとんど売れませんでした。私が開発したレトルトカレーは返品の山で、頭を抱えたのを覚えています。

 商品の多角化を10年以上続けてくると、中にはある程度売れたものも出てきましたが、やはりどこかで伸びが止まり、停滞しました。

 多角化が迷走していた1996年、初めて創業家ではないサラリーマン社長として伊藤正嗣社長が就任しました。そして「新創業計画」を発表し、「トマトと野菜カンパニーになる」と宣言しました。多角化から、農業を起点とした会社という原点回帰の方針を打ち出したのです。

 それからも市場の変化、業績の変動はありますが、企業としての軸は定まって今日に至っていると思います。2025年に向けたビジョンも、その軸は変えずに、これからの時代にその軸をどう合わせ込んでいくかを考えた結果だといえます。

株主や関係者が当事者として参加できる企業

――カゴメといえば個人投資家にファンが多い企業として知られています。

 現在、当社の株式は18万人弱の個人投資家の方に買っていただいています。これは2000年に制定した当社の企業理念である「感謝」「自然」「開かれた企業」のうちの、開かれた企業を目指す活動の一つです。そこで、カゴメは“お客さま資本”の会社になるという方針のもと、「ファン株主10万人構想」を打ち出しました。

 具体的には、株主に対する情報発信を強化し、株主優待制度も充実させました。株主の方と社長が直接お話する場も設けています。私も先日オンラインで意見交換させていただきました。

 ありがたいことに、株主の方は熱心にカゴメのことを考えてくださる人が本当に多いのです。株主総会の質疑応答で、ソースの容器の改良案を提案くださった方もいます。そして皆さま、実際にカゴメの商品をたくさん買ってくださる。まさに応援団です。

 当社は農業をベースにした企業として、なにごともコツコツ続けていく文化があります。株主様への施策も、長年続けてきた成果の一つで、これからも長期で支持していただけるように努めます。

――2つある長期ビジョンのもう一つとして、社員から役員まで、全社員の女性比率を50%にすることを掲げています。

 これは、さらに長く2040年ごろまでの長期の目標としています。当社の場合、消費者の半分以上、個人株主の方の約半数が女性です。株主総会でも「なぜ壇上は男性ばかりなのか」と毎年指摘されてきました。女性に支持され、女性が多く使う商品を提供している企業の社員が男性ばかりというのは大きな問題です。

 現在、新卒採用の約60%が女性です。その人たちが社歴を重ねると、2040年ごろには女性比率が50%になる計算です。また女性には、出産、育児といったライフイベントがありますが、その際に会社に在籍し続けてもらうための休暇や時短制度も充実させています。

 課題は管理職、役員の女性比率向上です。現在、女性取締役は3人おりますが、全員社外の方です。早く社内の女性取締役を増やしていくためにどうすればいいか、手を考えているところです。既に採用段階で女性比率が高い世代で管理職になるケースもあり、ここから経営層に向かってほしいと考えています。

回り道でも王道を行くことで持続的な成長を実現する

――今後の成長戦略をお聞かせください。

 2015年からの経営計画の実行で、重点テーマだった収益構造改革は、現時点で達成できたと考えています。私が社長になってからは、次の段階として、売り上げの成長を目指す取り組みをスタートさせています。野菜の摂取量を増やすという取り組みと、売り上げを増やす、この2点が現在の私のミッションです。

 カゴメだけでこの目標を達成できるとは思っていません。まずはスーパーマーケットなどの流通小売りの方にも、野菜をとる重要性を改めて説明し、店頭で実演していただく。また「野菜をとろうキャンペーン」では、異業種の19の企業や団体の方とプロジェクトを組んでいて、野菜の魅力を発信していきます。

 例えば、ABC Cooking Studio、ウォルト・ディズニー・ジャパンとカゴメで、3月からミニーマウスをモチーフとした料理教室を始めたり、星野リゾートの那須の施設「リゾナーレ那須」で野菜のおいしさや楽しさを体験できる滞在プランをつくるなど、さまざまな形で野菜の魅力を伝えていく活動を進めています。また弘前大学とのプロジェクトでは、健康診断時にベジチェックを活用し、受診したその場で野菜摂取量と健康診断の結果を見ながら食生活の指導をする実験も始めています。

 こうした外部組織との連携によって、なんとかこのムーブメントを大きくしていきたいと考えています。

 ベジチェックもテクノロジー利用の一例ですが、デジタル技術を事業の中で活用していくことも重要です。当社でいえば、生産、製造、販売というバリューチェーンのそれぞれで、デジタルの力を活かせる場面があります。

 農業のスマート化の文脈でいえば、水の無駄遣いを防ぐシステムや、収量予測にAIを導入した実験も行っています。また製造ではロボットを活用しています。そして、デジタルマーケティングの基盤を作り、データを基にした顧客体験の改善も始めています。これらのDXに関わる投資を、どう機動的に進めていくのかも重要な経営判断になっています。

 野菜をとって売り上げ向上といっても、単純に野菜ジュースの販売を何%伸ばしますというような目標設定はしていません。それだと、炭酸飲料との比較や、お茶との競争という話になってしまいます。そうではなくて、回り道かもしれませんが、野菜の大切さを理解し、上手な野菜のとり方を知っていただくことで、結果的に当社の商品も買っていただくという循環を回していきたい。それが、これからの社会に向けた王道だと思っています。

 とにかく、私が言いたいことは「野菜をとりましょう!」、これに尽きます。私は実際に誰にでもそう話していて、こうした取材でも、皆さまに言っています。インタビュアーさんも、明日と言わず、今日から始めてください。