(藤原 修平:在韓ジャーナリスト)
殺人に品格というものがあるのだろうか。人を殺めることは、たしかに良くない。しかしその相手が、罪のない人を無慈悲に蹴落としたり、人身売買や臓器売買で私欲を肥やしているような場合、殺人自体はたしかに罪だが、絶対悪であるとは言いにくい。しかも、殺人者が、私腹を肥やしている輩たちによって、自分が、そして家族が地獄を味わい、そして命を落としたともなれば、むしろ同情を禁じ得ない。
『殺人の品格』(イ・ジュソン著、金光秀美訳、扶桑社)という小説を読みながら、常にこのことが頭のなかを駆け巡った。正直なことろ、道徳観が混乱し続けた。
突き落とされた北朝鮮のエリート
主人公のナム・チュンシクは北朝鮮のエリートである。チュンシクの父親は韓国南西部の木浦(モッポ)で生まれたが、社会主義に共感していたため、朝鮮戦争を機に北へ渡り、その後、朝鮮労働党内で頭角を現し、スパイ活動を統括する要職に就く。
チュンシクは、その父親に厳しく育てられた。そして党内では外貨獲得の責任者を任ぜられ、麻薬や偽札の製造、国際金融網へのハッキング、さらにスパイの組織網についても熟知している。妻は軽音楽団で脚光を浴びる絶世の美女だ。