これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)。
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昭和57年:35歳
「突然で恐縮ですが、明後日ご来社願えませんか」
エンゼルス担当者からの短い電話に恭平は直立不動し、最敬礼して応えた。
「はい、明日でも、明後日でも、最優先でお伺いさせていただきます」
翌々日の朝、恭平は新幹線のぞみに乗り込み東京へ向かった。手にしたセカンドバッグには、文庫本が一冊だけ入っていた。人生を賭けた決戦の場に臨もうとする恭平が選んだ一編は、藤沢周平の短編「ただ一撃」だった。
エンゼルスの担当者は、心なしかこれまでよりフレンドリーに迎えてくれた。
「わざわざお越しいただいて恐縮です。広島進出の計画はないと申し上げて参りましたが、実は来年8月、広島に1号店をオープンします。つきましては、エンゼルスのお店へ弁当の納入をご検討いただけませんか」
「もちろん!検討するまでもなく、ぜひお願いしたいと願っています」
「ありがとうございます。本川さんの熱意は充分に存じ上げていますが、弊社の品質管理基準はどこよりも厳しいと自負しております。その条件をクリアしていただいて、はじめて取引が可能となりますので、まずは御社の工場を見せてください」
電話を受けた時点で、今日にも取引契約は成立するものと意気込んでいた恭平は、己の早とちりを恥じながらも、一歩前進したことに安堵していた。
帰広後、大泉社長にエンゼルス訪問の経過報告をした恭平は、改めて経営者としての未熟さを思い知らされた。