「HRBP」から「(HR)Business Advisor」へ

 4象限それぞれについて必要なケイパビリティが定義されていますが、ここでは最も難易度の高い右上の赤い領域について触れてみます。

「HRBP 2.0」として「(HR) Business Advisor」と呼んでいますが、必要なケイパビリティに定義されているのは以下の4点です。

(1)Business Value Chain Expert
バリューチェーンの中で付加価値を生み出している/毀損している部分を本質的に理解し、ヒトという側面から適切なポイントに対してテコ入れする

(2)Capability Expert
結果としての行動と能力を区別することができ、ビジネスにとって最適な採用プロセスと能力開発プログラムに落とし込む

(3)Executive Coach
コーチとしてビジネスサイドから信頼を得ており、シニアエグゼクティブの振る舞いに影響を与える

(4)Business Advisor
ビジネス上の課題をヒトの要素にまで分解し、クロスファンクショナルにエキスパートを巻き込んで課題解決を促進する

 太字部分を見ていただくとわかるように、いずれのケイパビリティにおいてもビジネスの深い理解や関係性が前提となっています。(HR) Business Advisorは、そのビジネスの最高責任者と同等程度の深い見識を持ち、HRの専門家としてビジネスをドライブするために必要な助言や施策の実施を遂行するという極めて困難な役割である、といえるでしょう。従来のHRBPですらハードルが高いのに、より高いレベルでビジネスの理解が求められるとなると、日系企業にとって、やはりこの領域に適切な人材を配置できるかどうかが、最新のHR TOMに進化することの成否の分水嶺になるのではないでしょうか。

「HRBP 2.0」として人材を育てるために

 誤解を恐れずにいえば、今すぐに「HRBP 2.0」が社内・社外で見つかる日系企業は、ほとんどないのではないでしょうか。結局は中長期的な視野で育成する以外に道はないのだろうと思います。ではどのようなポテンシャルを持つ人材を抜擢し、HRBP 2.0として育成していくべきなのか、ひとつのアイデアを示します。

 HRBPに必要なスペックはシンプルにすると「ビジネスへの理解」、「人事の知識」、「戦略的思考」といえます。それらをすべて高いレベルで兼ね備えた人材を見つけるのが極めて困難なのは前に述べた通りです。そのため、優先順位をつけて取捨選択をすることが必要になります。

 逆説的ですが、筆者は、人事の一部でありながら人事の知識が最も優先順位が低いと考えています。ビジネスのリーダーと対峙するのにビジネス理解がないと話にならない、また、戦略的な思考は他人の助けを得ることは難しいのに対して、人事の中にはCoEという専門家集団がいてバックアップしてもらうことでHRBP 2.0として機能することが可能になると考えているからです。

 一例ですが、この仮説にもとづくと、HRBP 2.0の候補としては、人事の中からではなくビジネスサイドから、エース級ないしは、一定以上の経験を積んでいて論理的に考えて迅速にアクションをとれるような人材を抜擢することが必要です。そして、人事として全面的にバックアップしていくような人材配置が、長い目で見れば最も「HR TOM」を高いレベルで機能させる手段になるのではないでしょうか。

「HR TOM」のグローバルガバナンス

 ここまで人事の機能軸での「HR TOM」について説明してきましたが、グローバル企業にとってのチャレンジのひとつとして、もう一段上から俯瞰した立場から、HR TOMにもとづいて役割分担された人事組織に対し、グローバルレベルでどうガバナンスをかけるのかというテーマがあります。

 これまではビジネスモデルに合わせて「事業軸」と「地域軸」の両軸の中でバランスを取る形で組織設計をしてきた企業がほとんどだと思いますが、欧米企業は比較的に事業軸の要素が強く、日系企業は地域軸の要素が強い傾向にあるようです。例えば組織図を描くときに、日系企業はエンティティごとに比較的きれいに組織のハコを整理できるものの、欧米企業では国にひもづくエンティティ単位では表現できない(例えば、ある国の事業本部長はその国の社長ではなくリージョンの事業部CEOにレポートする、など)ケースが多々あります。人事も例外ではなく、各企業は、事業軸と地域軸の中で最適なバランスを目指した組織設計に苦心して取り組んできました。

 この従来の考え方に対して、人事組織を「成熟度という軸も加味して設計する」という新しい発想を取り入れる企業が出てきています。人口構成や教育普及率など、ヒトに関わる問題は地域よりもその国の成熟度によって大きく異なります。また、抱えている人事課題は、先進国同士、新興国同士の方が、共通点が多くあることは容易に想像できると思います。この考えにもとづき、例えば、APACという括りをなくして、日本は米国やドイツ、イギリスなどと一緒のグループに、中国やインド、東南アジアはアフリカや南米と同じグループに再編し、グループで共通の人事戦略を練るような組織体制に移行するのです。

「HR TOM」を取り入れる、もしくは強化するときに、必ず人事組織についても再編を検討することになると思います。その際には「事業軸」、「地域軸」という要素に加えて「成熟度軸」も考慮に加えると、これまでの日本企業にはない新しいロールモデルとなる人事組織ができるのではないでしょうか。

 最後になりましたが、本稿が読者の皆様にとって人事組織を設計する際の一助となれば幸いです。

著者プロフィール

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープルアドバイザリーサービス シニアマネージャー
山本 剛

米系大手ITファーム他、他Big4会計ファームを経て、2017年10月より現職。17年にわたり一貫してHRトランスフォーメーションの領域でのテクノロジー・プロセス両面からのコンサルティングサービスに従事。近年はグローバル企業におけるコアHRを含めたクラウドHRソリューションのグローバル導入を中心としたHRオペレーティングモデルの刷新を専門として担当。

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