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(廣末登・ノンフィクション作家)

 本コラムでも度々取り上げた社会病理のひとつが、薬物犯罪である。薬物乱用は、本人が被害を受けるものであり、被害者なき犯罪ともいわれる。したがって「誰にも迷惑はかけていない」という意識から、使用者本人に反省の色が無く、累犯者が多いという特徴がある。

 薬物とひと口に言っても、乱用される種類は様々である。たとえば、覚醒剤、ヘロイン、モルヒネ、LSD、コカイン、大麻、脱法ドラッグ、シンナー、眠剤を含む一般処方薬等が含まれる。

 これらの薬物を摂取すると、心理的・生理的な快楽を一時的に得られるが、薬物を習慣的に摂取する乱用は、身体的・人格的な異常を引き起こし、日常生活の崩壊につながる。結果、薬物の乱用は、個人的な害悪にとどまらず、社会全体の退廃につながるため、多くの国が法律によって使用や譲渡、売買を禁止している。

 薬物犯罪は「接触」「使用」「常用=乱用」「密売」という深化のプロセスをとるが、「常用」の段階に留まる者と、この段階を経ずに「密売」の段階に移行する者に分かれる。後者は、犯罪組織の末端に組み込まれて加害者となり、常用者は中毒者として被害者の側に置かれることとなる。ちなみに、薬物犯罪の被害者となる人は、心理的・身体的な不全感を持ち、内向的で意思が弱く、自己否定感や他人への依存・同調傾向が強いタイプといわれる(細江達郎『犯罪心理学』ナツメ社 2001年)。

厚労省麻薬取締官のヤバ過ぎる見解

 我が国の薬物汚染の実態を、筆者はこれまでアングラ社会で見聞きした情報をもとに、本コラムの中でお伝えしてきたが、取り締まる側の情報というものが欠如していたので、麻薬取締官、いわゆるマトリ側の見解を簡単に紹介する。

<覚醒剤については、2016年に過去最高となる約1.5トンに達した押収量が19年も1トン超えを記録、4年連続で押収量が1トンを超える未曽有の事態に直面している。しかも、これだけの覚醒剤が押収されても巷の覚醒剤価格にはほとんど変動が出ない。この実態から、我々が想像する以上の覚醒剤が日本に波状的に密輸されていると推測することができる。

 薬物依存症とは、薬物が欲しくて堪らない状態、自己コントロールできない生物学的状態のことだ・・・覚醒剤はこの依存症がとりわけて酷い。止めようと決心して覚醒剤をゴミ箱に投げ捨てても、慌ててゴミ箱をかき分けて拾い上げてしまう。どうしても覚醒剤が欲しい・・・喩えるなら、薬物は強烈な毒性を持つ魔性のウイルスだ。新型ウイルスが上陸すると瞬く間に飛散し、多くの乱用者が出る。乱用者が出れば出るほど犯罪組織は儲かる・・・いま、世界の薬物の取引総額は50兆円規模に膨張したと推測されているのである。

 では、どうすれば薬物犯罪はなくなるのか。残念ながら、ワクチンや特効薬はない。国内外の捜査機関が連携を強化して地道で積極的な取締りを継続するとともに、薬物乱用防止の普及啓発活動をいま以上に強化・拡充し、依存者対策を官民挙げて進めることが急務である>(瀬戸晴美『マトリ――厚労省麻薬取締官』新潮新書 2020年)

 瀬戸氏が喩えるように、麻薬は社会病理的にみて、強烈な毒性を持つ魔性のウイルスであり、国家的な脅威である。日本社会は、このウイルスと長年闘ってきたが、未だに収束をみていない。実際、新型コロナウイルスよりも厄介であるといえる。