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韓国ソウルの商店街で防護服を着用して道路を消毒する兵士(2020年3月8日、写真:ロイター/アフロ)

(文:大野ゆり子)

 韓国で新型コロナウイルス感染者が30倍以上と爆発的な増加を見せた1週間、ちょうど私は、ソウル市のオーケストラから招聘された夫の客演に同行してソウルに滞在していた。

 韓国に入国した2月16日の時点では、確認されていた感染症例数は30で安定。オーケストラ事務局からは、

「新型ウイルスの感染者数は少なく、全員が隔離されているので心配しないように」

 と、メールをもらっていた。その数日後に歯止めなく感染者が増加したことが、韓国国民にとってもどれほど想定外だったか伺い知れる。

ソウル市で行われた最後のクラシック演奏会

 2015年にMARS(中東呼吸器症候群)を経験した韓国での危機意識は、決して薄かったわけではない。2月中旬時点では、少なくともソウルのムードに比べると、日本がのんびりと感じられたほどだ。

 オーケストラ練習中には、楽団員が安心して練習できるよう、消毒液、マスクが配布されたし、コンサート当日も会場のエントランスには消毒液が設置され、希望する観客にはマスクが配られた。韓国では、マスクや消毒薬を買い占めたり、売り惜しんだりしたら、2年以下の懲役または5000万ウォン(約460万円)以下の罰金が科せられるという法律が、4月30日までの期限付きで2月初めに施行されたという。それが功を奏したのか、私が滞在していたころは、マスクを宿泊先近くのコンビニで簡単に購入できた。オフィス街でも、ほとんどがマスク姿である。

 日本で最近、ようやく参議院や都営地下鉄で設置された、体温を感知するサーモグラフィーは、韓国ではこのときすでに、国公立の建物に置かれていた。公演が行われた「芸術の殿堂」と呼ばれるコンサートホール入り口では、体温が37度5分を超えた来場者に対して、鑑賞をお断りするというルールが導入されていたのである。

 市民の防疫意識も強かった。韓国人の友人が食事に誘ってくれた際にも、「コロナが怖いから」と、テーブルが適度な距離を保っていて、客席が少なく、大皿を皆で取り分ける韓国スタイルを避け、1人ずつ盛り付けられている店を選んでくれていた。もっとも2月29日には韓国保健福祉部が、

「外出せずに家に留まり、他者との接触を最小限に」

 と呼びかけたので、1週間違ったら、会食そのものが流れていただろう。

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