1月31日に至り、やっと武漢市トップの馬国強・市党委員会書記が「もっと早く決定し、今のように厳格な統制措置をとっていたなら、結果は今よりもましであっただろう」とし「そうしていたら、全国的な影響も今より少なかっただろうし、共産党中央委員会と国務院の憂慮も少なかったであろう」と中国メディアに語った。

まったく生かされていないSARSの教訓

 患者発生のかなり早い段階で感染源とルート、その重大性を疑うべき十分な情報が集まっていたにもかかわらず、なぜ、武漢市内の海鮮市場が閉鎖されなかったのだろうか。また武漢市当局は感染者数が急増しているのに、なぜ、感染者は増加していないと虚偽の発表をしたのだろうか。

 筆者は、今回の新型肺炎に対する一連の中国政府の対応を見て、2002年11月に広東省や香港を中心に発生して世界的に拡散したSARSの教訓がまったく生かされていないことに驚かされた。

 SARSは、SARSコロナウイルスによって引き起こされるウイルス性の呼吸器感染症であり、動物起源で発生当初は新型肺炎もしくは非定型肺炎と呼ばれた。2002年11月から2003年7月にかけて、中華人民共和国南部の広東省や香港などを中心に発生し、世界30カ国8422人が感染、916人が死亡したとされている。中国における感染拡大の要因を確定することはいまだ困難であり、感染ルートの完全な解明は現在もなされていない。感染拡大の原因は、「初期の情報隠蔽等で感染を拡大させてしまったこと」「中央政府と地方政府との間に情報の混乱・錯綜があったこと」「人の移動が活発で把握が困難だったこと」などが理由とされた。

 SARSはパンデミック化する前の2002年11月、初めて広東省広州市の新聞が「原因不明の肺炎が流行っているようだ」という内容の記事をネットで掲載したが、その記事はすぐに広州市政府から厳しく叱責されてネットから消され、その後メディアは「原因不明肺炎」についての報道が禁止された。その時点でも広州市は公式にその事態を認めなかったが、一方では市内において「原因不明肺炎」発生による外来者に対する検問や取り締まりが行われていた。

 中国政府の隠蔽工作にもかかわらず、北京市でも2003年3月くらいから少しずつ噂は広がっていたが、衛生当局者と市政府は感染拡大を強く否定していた。4月初めに当時の衛生相が「北京の感染例は12ケース、死亡者は3人のみ」と報告したが、その直後に北京の軍医院の医師が「政府は情報を隠蔽している」と暴露して、国際的な非難を浴びた。その後4月20日になって北京市政府と衛生相は前言を撤回し、感染者が急速に増えていることを初めて公式に認め、北京の患者数は前日の約9倍にあたる339人になったと発表した。