韓国の一部のメディアは、「2013年12月、張成沢氏が処刑された当時、張氏と金敬姫氏は離婚していたので、夫人の金氏が夫・張氏の処刑を了承した」と報道していた。だが実際には、張氏夫妻は離婚していなかったし、金氏は夫・張氏の処刑の動きに強く反発していた。夫の処刑を了解したという当時の報道は、北朝鮮当局が流したフェイクニュースだった可能性が高い。

記録映画や出版物から消された金敬姫の痕跡

 では、金氏はなぜ毒殺されなければなかったのか。それにはこうした経緯があるという。

 保衛部などが張成沢氏を逮捕しようとしたが、金敬姫氏と一緒に住んでいる自宅での逮捕が容易ではなかった。このような空気を掴んだ金敬姫氏が、当時の実力者のチョ・ヨンジュン労働党組織指導部第1副部長とキム・チャンソン書記室長(金正恩委員長の秘書室長)に対して、夫・張氏を害しないようにと注意をした。この幹部らが金敬姫氏の意見を報告すると、金正恩委員長は「組職指導部が『張り子の虎』だな」と言った。それは、組職指導部が、張氏が恐ろしくて処理できずにいるという皮肉とともに、張氏の排除を命令する言葉だった。

 金敬姫氏は、張氏の処刑後に、平壌から遠くない招待所で監禁状態におかれ、治療を受けていた。このとき、夫・張氏を無慈悲に処刑したことへの不満から、金正恩委員長に対する悪口を言い続けていたという。これを聞いた最高指導部からの指示が下された。「これは金正恩委員長の権威を傷つける行為だ」との判断で、金敬姫氏は薬物注射で毒殺させられた。

 その後、北朝鮮指導部から労働党の担当部署に、金敬姫氏に関するすべての記録を削除するよう指示され、記録映画、出版物などにある金氏に関するすべてが削除された。このような措置は、これまで反党・反革命分子へなされてきたものと同じであった。

 だからこそ李氏は、1月25日の三池淵劇場での記念公演に出ている金敬姫氏を見て、「金敬姫は偽物だ。死んだ人は絶対戻って来られない」と言ったのだ。2015年5月、李氏は、米CNNとのインタビューで、金敬姫氏が毒殺されたという事実を証言している。その確信は現在も揺らいでいないようだ。