ベテランの知識と経験は、個人・企業の双方にとって財産だ

 いっぽうでシニア層の人たちを単なる「シニア(年長の者)」ではなく「ベテラン(老練の者)」として捉え、これまで培ってきたスキルを存分に発揮してもらおう、というスタンスでシニア人材の活用に取り組む企業も存在する。

 1981年の設立当初から65歳定年制を採用し、役職定年もないというのがタワーレコード。店舗では60歳を超えるスタッフも活躍している。昨今、ポップスを好む若者はダウンロードやサブスクリプション型配信サービスで音楽を楽しむのが主流。逆にミドルやシニアの音楽愛好家、ジャズやクラシックのファンは、いまだCDをメインソースとし、最近ではアナログレコードを楽しむ人も増えている。そうした層との接客では、経験・知識とも豊富なベテランが活躍する機会が確かに多そうだ。

 ダイキン工業も2001年に65歳まで希望者全員を再雇用する制度を導入し、いまではすっかり定着している。「プロフェッショナルアソシエイト」と呼ばれる元管理職、「シニアアソシエイト」と呼ばれる元一般社員を合わせて、再雇用は毎年100人を超える。海外で勤務する社員も多く、また代わりのいない人材には65歳を超えても引き続き働いてもらう「シニアスキルスペシャリスト契約社員制度」もある。この制度の適用者は100人以上おり、70歳を超えてなお第一線で働く超ベテラン社員も存在するという。

 65歳で雇用契約が終了する従来の制度を2017年に改正し、65歳以上でも勤務できる「アクティブシニア社員」という雇用区分を新たに設けたのがファンケルだ。定年はなく原則本人の元気とやる気が続く限り働くことができるというもので、高いスキルやノウハウを持つシニア層が活躍できる場を提供しつつ、これまでに培ったものを若い世代に継承してもらうのが目的だ。

 こうした事例は、高い技術を持ち経験も豊富な人材をつなぎ留めたい企業と、蓄積してきた能力を生かしたいと考える人たちとの幸福なマッチングといえる。

 ただ、継続雇用・定年後再雇用のケースで課題となっているのが、処遇や条件設定。たとえば近年、定年後再雇用の賃金引下げを非正規差別として訴えるケースが増えている。独立行政法人 労働政策研究・研修機構は、2019年1月の労働政策フォーラム「高齢者の多様な就労のあり方」(※3)においてこの問題に言及し、「70歳まで一気通貫の処遇とすることで、定年+継続雇用という不自然なスタイルを脱却」することを提言。経団連も2016年に発表した『ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み』と題する報告書で、処遇一律カットの仕組みを廃止した企業、60歳到達時と同じ処遇を継続している企業などを紹介、「仕事・役割・貢献度に応じた処遇の徹底」が肝要であると唱えている。

 また雇用される高齢者の側には、65歳以降も働くことを前提としたキャリアデザイン/ライフプランの構築と能力開発が必要となる。「キャリアサポート室」を設置して50歳以上の全従業員に対しキャリアデザイン研修を実施したコニカミノルタ、定年後を見据えたキャリアプラン・ライフプラン研修「クリエイティブライフセミナー」を50代に実施するキヤノンなど、この部分のサポートに力を入れている企業も増えているが、雇用される側が自ら進んで「先々まで生かせる能力を身につけよう」と意識することも大切だろう。

 そうした視点では、一般社団法人ALIVEが運営する50代の成熟層向け異業種交流型研修プログラム『REVIVE』が注目を集める取り組みのひとつ。複数の企業から50~55歳前後の人たちが集まり、例えば「地域活性化」「人材難に悩むボランティア団体の参加者を増やす」といった現実に存在する各種の社会的課題を解決するために力を合わせる、というもの。フィールドワークや討論、対策の立案、プレゼンテーションなどを通じて、ベテランだからこそ持っている自身の強みを見つめ直し、今後に生かせる力として再認識するのが目的だ。

 長年培ったキャリアは、企業にとってもシニアたち自身にとっても財産。「人手不足なので若者の代わりに高齢者を雇用する」のではなく、「とにかく65歳までの雇用&それ以降の継続雇用を実現すればいい」というものでもない。「ベテランだからこそ持つスキルを存分に発揮する・発揮してもらう」という環境こそが、いま求められている。

 各種制度の整備(公平・公正な処遇、役職定年の見直し、フレックスをはじめとする働きやすいシステムの導入、ワークシフト/ライフシフトへの柔軟な対応など)と、個々のシニアたちのキャリアデザインやスキルアップが、“幸福なマッチング”を支えることになるはずである。

【出展・参考リンク】
※1:「人生100年時代構想会議」(内閣府)
※2:マイナビミドルシニア
※3:労働政策フォーラム「高齢者の多様な就労のあり方」

HR Trend Lab所長・土屋 裕介 氏のコメント

 世界銀行のデータによると、日本の高齢者割合(総人口のうち65歳以上が占める割合)は2018年時点で27.47%で2位のイタリア(23.31%)、36位のアメリカ(15.80%)を大きく上回る1位でした。また、総務省統計局の調べによると2040年には35.3%まで上昇する予定です。これらからも分かるように、シニア人材の活用は最重要と言っても過言ではない課題です。ですが、ネガティブな状況だけではないと思っています。民間でもこの記事のように取り組み始めている企業が増えていますし、私も講師を務めているライフシフト大学(※5)が2019年10月に設立されるなど、産学連携の取り組みも始まっています。能力も意欲も高いシニアが日本を救う! という未来を期待しています。

【出典】
※4:世界銀行
※5:ライフシフト大学

土屋 裕介 氏土屋裕介氏
株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部 部長/HR Trend Lab所長

国内大手コンサルタント会社で人材開発・組織開発の企画営業を担当し、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入した後、株式会社マイナビ入社。研修サービスの開発、「マイナビ公開研修シリーズ」の運営などに従事し、2014年にリリースした「新入社員研修ムビケーション」は日本HRチャレンジ大賞を受賞した。現在は教育研修事業部 開発部部長。またHR Trend Lab所長および日本人材マネジメント協会の執行役員、日本エンゲージメント協会の副代表理事も務める。

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