西川社長は役員報酬を本来の額より多く受け取っていたことは認めたものの、

「私から(運用についての)指示は出していない。しかるべき金額は会社に返納する」

 と述べている。このSAR役員報酬が不正なものであることは異論がないが、問題はこの不正受給が西川氏の故意に基づくものかどうかにある。西川氏に故意がなければ、この不正請求は単なる間違いということで、不正受給額を日産に返納すれば、西川社長が刑事上の責任を追及されることはない。しかし、西川氏に故意があればそうはいかない。

西川社長の「特別背任」

 本件9650万円のSAR報酬の不正増額は、そもそも西川社長が「役員報酬を増額することの検討を要請」したことに端を発している。この要請に対して、ケリー氏は、一旦そのような増額要請には応えられないとしたものの、ここでSARの権利行使日を偽装すれば、役員報酬の増額と同様の効果が得られることに考え及んだ。結果的に、西川社長の増額要請はケリー氏の偽装工作により叶えられることになった。西川社長は、この一連の流れを理解したうえで、だから、「私から(運用についての)指示は出していない」と言っている。

 なるほど、西川社長はSARの権利行使日の偽装工作には直接関わっていないのであろう。しかし、西川社長が権利行使日の偽装に直接関与しなかったからと言って、西川社長が本件SAR報酬の不正増額に故意がなかったということにはならない。

 西川社長は、ケリー氏に対して役員報酬の増額を要請して、ケリー氏は、それはできないと一旦断っている。その際、ケリー氏は西川社長に対してその理由を説明したはずで、その理由とは、まっとうな方法では役員報酬を増額することはできないということに他ならない。しかし、その後、この役員報酬は、西川社長希望通りの報酬額となった。ならば、役員報酬の増額は、何事かまっとうではない方法により支払われたに決まっているではないか。西川社長は、理論上、「それがまっとうではない方法により支払われたとは知らなかった」とは言えないのである。これを不正行為に対する故意と言う。

 会社法による特別背任罪は、会社の取締役が、①自己または第三者の利益を図る目的で、②任務に背く行為をし、③会社に財産上の損害を与えた場合に成立する。西川社長は、役員報酬を多く得たいとの自らの利益のために、SARの権利行使が不法に偽装されたものであることを知りつつ増額報酬を受け取り、その結果、日産に9650万円の確定損失を与えた。本件は特別背任の犯罪構成要件を完全に満たしており、しかも、これらの事実関係がマスコミを通じて満天下に明らかとなっている。東京地検特捜部は西川社長を特別背任罪で逮捕しておかなくてはならない。仮に、特別背任にしては日産の損害額が小さすぎるというのであれば、背任、業務上横領、あるいは、詐欺罪で立件すればよい。

 しかし、特捜検察は西川社長の逮捕などできないであろう。西川社長を逮捕してしまうと、特捜検察が組織の威信をかけて立件した日産ゴーン事件が崩壊してしまうからである。