一般によく知られているのは、敗戦責任に関する処分についてだろう。『戦争と人間 第三部「完結編」』にも、そのシーンが登場するが、指揮していた部隊が全滅したにもかかわらず独断で撤退を決断して生還したり、戦場で負傷して捕虜となった現場指揮官たちが自決を強要されているのだ。

 上級指揮官は更迭による予備役編入か左遷人事という処分であった一方、「初の敗戦」となったため十分な先行事例がないという理由で、中・下級指揮官たちは、軍法会議にかけられることなく、陸軍刑法にはない自決を強要された。法治国家でありながら、陸軍組織内部はすでに機能不全状態になっていたとしか言いようがない。

 上層部の大幅な人事刷新によって、当事者であった関東軍そのものは統制が回復し本来の任務を果たすようになった。だが、関東軍の暴走を招いた参謀の辻政信と上官の服部卓四郎のコンビは、1年もたたずに陸軍中央の参謀本部に返り咲き、無謀な太平洋戦争の指導にあたっている。玉砕したガダルカナルもまた、参謀として辻政信が関わっているが、ノモンハンの繰り返しというほかないであろう。

 とはいえ、辻政信ただ一人にすべての責任を帰すのはムリがある。彼のようなカリスマ的で特異なキャラクターの持ち主を甘やかし、暴れさせた上官たち、さらには反対することなく同調した者たちにも、事なかれ主義や組織ぐるみの無責任体制が働いていたというべきだ。このような事例は、私自身もビジネス人生のなかで目撃してきたので、感覚的によく理解できるのだが、同様の感想を抱いている方々も少なくないだろう。こういった事象が、日本の大企業で近年相次いで発生していることに危惧を覚えざるを得ない。

国境紛争は全面戦争につながりやすい

 ノモンハン事件にかかわる問題は、さまざまな点に及んでいるが、そもそもの根本原因は「国境紛争」にあったというべきだろう。国境線をめぐる紛争は、本質的に領土問題である。領土にかかわる問題はナショナリズムに直結するため、国民感情を炎上させやすい。

 満洲事変から大東亜戦争の敗戦に至る14年間は、日本史において、きわめて特異な時代であった。満洲国の建国によって、陸上の国境線が一気に拡大したからだ。ノモンハン事件が起こった1939年時点では、いまだ国境線が未確定の部分が多く、国境画定交渉が行われていたのである。ノモンハン事件は、そんな状態で起こった戦争なのであった。

 ノモンハン事件に限らず、一般に国境紛争は軍事衝突につながる危険がある。しかも、武力による問題解決は、係争地だけにとどまらず、全面戦争につながる危険がある。それは、北方領土も竹島も同様だろう。

 北方領土はヨーロッパ側にあるロシア中央部から遠いが、竹島は韓国の首都ソウルから近い。あくまでも仮定だが、武力による竹島奪還作戦を実行した場合、日韓の全面戦争になる可能性がきわめて高い。いつの時代にも勇ましいことを主張する人間がいるが、発言するなら単なるレトリックではなく、現実のシナリオまで考えてからするべきだろう。軽々しく口にはできなくなるはずだ。

 このように、反面教師としてのノモンハン事件は、教訓に充ち満ちている。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というのはドイツ帝国の宰相ビスマルクの至言だが、ノモンハン事件は「先の大戦」にも劣らず、今後も繰り返し、繰り返し振り返り、細部にわたって検討を行うべき失敗事例なのである。