「高知ひろめ市場」をつくり、大成功させた岩目一郎氏が次に手がけたのは、兵庫県姫路市の商店街に第2のひろめ市場をつくることだった。ダイエー跡地の活用方法を模索していた土地所有者や事業会社が、岩目氏に白羽の矢を立てたのである(前回からお読みください)。

 しかし、高知と姫路ではまったく勝手が違った。2003年4月にオープンした姫路ひろめ市場は客足が伸びず、2004年10月にやむなく閉館した。完全な「失敗」に終わったのである。

 失敗の原因としては、前回触れたように高知と姫路の生活文化の大きな違いがあった。だが、原因はそれだけではなかった。(JBpress)

「高知よりも、もっと高級な市場に」というリクエスト

 高知ひろめ市場と姫路ひろめ市場は、建築プランを立てる時から考え方が大きく違っていました。

 私が高知ひろめ市場の建物を構想した時は、できるだけお金をかけずにつくること、そして、万一失敗してもサイドビジネスに転用できる建物にすることを考えました。その結果、2階は有料駐車場とし、1階に市場を展開したのです。

 店舗の形態は、屋台風の簡易な店にすることを提案しました。そのことによって、出店経費が抑えられ、商品を安価で提供できるようになるからです。店の運営資金の負担も少なくなります。

 一方、姫路ひろめ市場の事業主からは、「高知よりも、もっと高級な市場にしたい」という要請が強くありました。

 「市場内の照明は高知よりも数倍明るく!」「店舗は清潔で綺麗なモノに!」・・・。事業主の要望を聞いていると、どんどん、どこにでもあるショッピングセンターのフードコートに近づいていくのです。

 しかも建築には高知よりも数倍の資金が必要でした。さらに、姫路では高知とでは建築条件が異なり、駐車場のサイドビジネスが難しい。そのため、万一の場合の逃げ道がない事業計画になってしまいました。