(北村 淳:軍事社会学者)
昨年(2018年)末にトランプ政権はINF条約廃棄を決定した。この決定により、ロシアとアメリカは互いに気兼ねすることなく射程距離500~5500kmの地上発射型ミサイル(短距離弾道ミサイル、準中距離弾道ミサイル、中距離弾道ミサイル、長距離巡航ミサイル)を製造し保有することが可能になった(以下、本稿ではINF条約で規制されていた上記の地上発射型各種ミサイルを「INFミサイル」と呼称する)。
米国で高まる中国INFミサイル脅威論
INFミサイルを手にできる日が近づくに伴って、アメリカのシンクタンクなどでは、「アメリカが手にしてきた東アジア地域での覇権を失わないために、世界最大最強(アメリカ国防情報局の表現)とも言える中国のINFミサイルの脅威に対する真剣な抑止策を固めるべきである」といった意見が論じられるようになっている。
例えば、次のような論調だ。
「中国ロケット軍が保有している高性能INFミサイルは、東アジア各地に設置されているアメリカ海軍基地と航空基地を正確に攻撃し、大打撃を加えることができる。また対艦弾道ミサイル(これもINFミサイルに含まれる)も航行中の米海軍空母をはじめとする大型艦を撃沈することができる。ところが、米軍はそれらミサイル攻撃に対する有効な反撃手段を持ち合わせていないのが現状だ。
もし米中が戦闘状態に突入した場合には、日本に確保してある航空基地や海軍施設が中国ロケット軍の反撃を受けて壊滅的打撃を受け、米軍機や米艦艇は補給や修理のためにグアムまで退かなければならない。しかし、中国軍のミサイルはグアムも壊滅させることができるため、ハワイまで前進補給拠点を下げざるを得ない。これでは、中国軍と戦闘を交える最前線の米軍部隊が勝利を収めることは至難の業だ。
それよりもさらに深刻な想定は、中国が極東米軍に対して奇襲先制攻撃を実施した場合だ。この場合、中国の各種ミサイルによって日本の航空基地に駐機している米軍機の大半は飛び立つことなく地上で粉砕され、日本の軍港に係留してある数多くの米軍艦も港湾内で撃沈されてしまうことになる。このようにして、何十億ドルもの予算を投じた高価な兵器だけでなく、多数の米軍将兵の命をも、あっという間のうちに失うことになってしまうのだ。